【福井】敦賀市の赤レンガ倉庫から天筒山を越えて その5 (金ヶ崎城跡中篇)

城郭めぐり
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今年(2020年)は暖冬なので、一部地域を除いて、あまり雪が積もっていません。
3月になってすこし春めいてきたので、久しぶりに福井県を訪れてみることにしました。

ところが国道8号線(敦賀バイパス)で道を間違えて、いつの間にか敦賀港のあたりへ。
とりあえず道路案内標識で気になった「敦賀赤レンガ」へ行ってみることにしました。

金ヶ崎(天筒山)公園案内図
金ヶ崎(天筒山)公園案内図

金崎宮から花換の小道を通って、鴎ヶ崎の広場を訪れたあとは、金ヶ崎城跡の一郭にある尊良親王御陵墓見込地金ヶ崎城の遺構を探しました。

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見どころ盛りだくさんの展海広場

尊良親王御陵墓見込地からは、さらに坂道を登っていきました。
山道は曲がりくねっていますが、勾配があまり急ではないので、あまり辛くはありません。

しばらく登っていると、尾根筋の分岐点に着きました。
まずは左に曲がって、月見御殿跡もある展海広場を見に行くことにします。

展海広場は、南北朝時代の金ヶ崎城の本丸だった平地を再利用して、整備されました。
あたりには「金碕古戦場」と刻まれた石碑古墳があり、あずま屋やベンチで休憩もできます。

岩が点在する、月見御殿跡

展海広場を奥へ進むと、あたり一帯に岩が転がる月見御殿跡がありました。
このあたりが金ヶ崎の中で一番高い場所(海抜 86メートル)となっています。

展望台からは敦賀湾の景色を望めますが、右側に北陸電力敦賀火力発電所が見えるので、すこし興ざめです。
ただ普段は火力発電所を、滅多に上からなど見られないので、よく眺めておきました。

皇太子殿下台臨之跡
皇太子殿下台臨之跡

ちなみに皇太子時代の大正天皇が、鴎ヶ崎に続いて月見御殿跡にも立ち寄っています。
当時の敦賀湾は、さぞかし美しい景色だったことでしょう。

近くに水場があった、三の木戸跡

ということで、次は尾根筋を歩いて天筒展望広場を目指します。
尾根筋沿いには、金ヶ崎城の曲輪跡と思われる平らな場所が、処どころで見受けられました。

さて丸太の階段を下りてくると、三の木戸跡という場所がありました。
もともとは堀切になっていたようですが、現在は埋められて、平坦な道に様変わりしています。

三の木戸跡
三の木戸跡(振り返って)

ちなみにこのあたりには、かつて湧き水があったことから、「水の手」と呼ばれているそうです。
当時その湧き水は、金ヶ崎城における貴重な用水として用いられていました。

朝倉軍の兵糧庫があった、焼米出土地

三の木戸跡から階段を登ってくると、左側にあずま屋があって、右側がちょっとした高台になっていました。
いかにも曲輪跡のように見えるので、ちょっと見に行くことに。

焼米出土地
焼米出土地

すると、「焼米出土地」と刻まれた小さな石碑がありました。
あたり一帯は笹ですっかり覆われていますが、金ヶ崎城の曲輪跡で間違いなさそうです。

かつてこの場所には、合戦中における朝倉軍の食料を確保するため、兵糧庫が建てられていました。
織田信長軍に攻められて兵糧庫は焼け落ち、のちに土の中から炭になった米(焼米)が見つかったそうです。

さらに天筒展望広場を目指します。

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