【岐阜】不破郡垂井町の朝倉山へ運動公園から その1 (朝倉山真禅院へお参り篇)

神社仏閣めぐり
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岐阜県不破郡垂井町(ふわぐん たるいちょう)には、朝倉山があります。
以前ふもとの真禅院から登ろうとしたのですが、獣害防止柵に阻まれて諦めざるを得ませんでした。

ということで、ふたたび朝倉山に挑戦してみました。
初めは真禅院の近くから登ろうとしたのですが、立入禁止のため山に立ち入れません。

試しに朝倉運動公園へ行って山沿いを歩いてみると、運良く登り口を見付けられました。
朝倉山頂上からは南宮山の尾根筋まで、さらに足を伸ばしています。

朝倉山周辺地図
朝倉山周辺地図
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真禅院の駐車場へ

まずは朝倉山のふもとにある、真禅院の駐車場へ向かいました。
国道21号線の交差点「松島」から南へ入って、高校の前の丁字路で右(西)へ曲がります。

すぐに真禅院の石段が見えてきたので、道路をはさんで右側の駐車場に自動車を停めました。
駐車場の入口には、通称なのか「朝倉寺観音」と書かれています。

真禅院の石段の入り口に立つと、今度は標柱に「朝倉山南神宮寺」と刻まれていました。
長い歴史の中で、いろいろと移り変わってきた名残かも知れません。

真禅院へお参りして

真禅院山門

ということで朝倉山へ登る前に、真禅院へお参りしておきました。
石段を登っていって、石と金属、屋根瓦で造られた、珍しい山門をくぐり抜けます。

真禅院本地堂

山門の先には、きらびやかな朱塗りの本地堂がありました。
真禅院は明治初期の神仏分離令によって、南宮大社から移転させられた寺院なのだとか。

真禅院も、全国に数多ある行基の開いたお寺のうちの一つなのだそうです。
ご本尊の阿弥陀如来尊像も行基が彫った、と伝えられています。

重要文化財を見ながら

本地堂から境内を右の方へ歩いていくと、鐘つき堂のとなりに小さな建物がありました。
小さな建物は覆屋なので、立て札にある「鉄塔」はその中にあります。

北条政子が夫である源頼朝の菩提を弔うために寄進した、との言い伝えが残されているそうです。
長宗我部盛親が関ヶ原の戦いのとき、煮炊きに使ったので最上段の部品がない、との言い伝えも。

真禅院の一番北には、明治初期の神仏分離令によって南宮大社から移された三重塔がありました。
そういえば以前南宮大社の奥へ行ったとき、三重塔旧址があったのを覚えています。

真禅院近くの登り口は立入禁止

さて真禅院へのお参りも済んだので、いよいよ朝倉山に登ることにしました。
ところが真禅院の石段登り口にある獣害防止柵の扉には、「関係者以外立入禁止」と書かれています。

すこし南へ行ったところにある、大谷ため池への入り口にも同様の警告がありました。
有害鳥獣を捕まえるための罠が仕掛けてある、との注意書きもあります。

山へお出掛け

南宮山ハイキングコースを経由することも考えましたが、結構な遠回りになりそうです。
とりあえず、朝倉山運動公園へ行ってみることにしました。

つぎは朝倉山を登っていきます。

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