【岐阜】本巣市の船来山へ富有柿の里から その6 (桑山稲荷と智勝院と舂稲神社篇)

神社仏閣めぐり
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岐阜県本巣市(もとすし)には、船来山(ふなきやま、舟木山とも)があります。
西側ふもとには道の駅「富有柿の里いとぬき」があるので、知らないうちに近くまで来ていました。

ということで、船来山の尾根筋を縦断してきました。
私有地につき立入禁止となっている場所があるので、登り口を探すのにひと苦労します。

船来山周辺地図
船来山周辺地図

群府山頂上近くの送電鉄塔から、尾根筋を歩いて、途中で舟木山古墳を見たあとは、石碑の丘を越えて、フィールド・アスレチック施設まで来ました。

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豊川稲荷の分霊を祀った、桑山稲荷

桑山稲荷

さてフィールド・アスレチック施設を見ながら山から下りてくると、桑山稲荷の社殿がありました。
船来山山系でもこのあたりは、桑山とよばれているようです。

桑山稲荷は、三河国豊川から来た鉄心禅師が智勝院を開くにあたり、鎮守社として置きました。
ご祭神は豊川稲荷から吒枳尼真天を分けてもらって、お祀(まつ)りしています。

お稲荷様

以前の桑山稲荷はもうすこし山奥だったそうですが、老朽化によって近年ここに遷(うつ)されました。
たぶんフィールド・アスレチック施設は、その跡地を利用したのでしょう。

大慈山智勝院

桑山稲荷から右の方へ下ってくると、智勝院の山門がありました。
門前に腰掛けてしばらく休憩したら、立派な鐘楼を見上げながら参道を歩いていきます。

すると手入れの行き届いた庭の奥に、智勝院の大きな本堂が現れました。
曹洞宗のお寺で、ご本尊の聖観世音菩薩像は行基が作った、との言い伝えがあります。

そもそもは当時の加納城主であった松平光重が、祖母の菩提を弔うために建てました。
駐車場へと続く道の途中には、山腹の墓所へと続く階段があります。

舂稲神社

舂稲神社
舂稲神社

さて智勝寺から田園地帯の中を歩いていると、運良く舂稲神社(つきしね じんじゃ)に着きました。
富有柿の里船来山遊歩道で見つけた、奥の院の本宮に当たります。

解説板によると、かつて舂米部(つきしねべ)という部民がいたのだとか。
屯倉(みやけ)に貯蔵された米を舂いて、屯倉で働く人々に白米を提供していた、と考えられているようです。

コイン精米所

米をつくだけの職業って、仕事が簡単すぎるような気がします。
もしかすると漢字は当て字で、「つきしね」に何か別の意味があるのかも知れません。

他の職業系部民の、弓削部や矢作部、犬養部や鳥飼部に合わせると、普通は米舂部になります。

あとがき

船来山は低い山なので、実はあまり期待していませんでした。
ところが実際に歩いてみると、砦跡や古墳群があったりして、結構面白かったです。

ただ残念なことに、登り口と思われる場所がどこも立入禁止になっていました。
マナーに関する立て札があったので、かつてひと悶着あったのかも知れません。

山は地権者の方のご厚意によって歩かせてもらっている、ということをあらためて思い知らされました。

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