【岐阜】揖斐郡大野町松山から権現山経由で牛洞峠へ その3 (122鉄塔から120鉄塔へ篇)

超低山登山
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岐阜県揖斐郡(いびぐん)の揖斐川町と大野町の境界にも、権現山(ごんげんやま)があります。
ふもとの松山から牛洞峠まで尾根筋が馬蹄形に連なっており、歩きやすそうです。

ということで、松山水辺公園から権現山を経由して牛洞峠まで歩いてきました。
城ヶ峰頂上から牛洞峠まですべて歩くため、途中で小野坂まで往復しています。

長良松山の権現山周辺地図
長良松山の権現山周辺地図

廃寺社から、砦の遺構群を見ながら、権現山頂上まで登ったあとは、峠道を横切って、122鉄塔まで来ました。

薄っすらとした堀切跡を渡って

さて122鉄塔からは、牛洞峠方面へ向かって急勾配の坂道をさらに登っていきました。
しばらく登っていると、尾根筋は平坦になります。

平坦な尾根筋を歩いていると、薄っすらとした堀切跡を見つけました。
古い時代の砦の遺構のようで、ほとんど埋まっており、尾根を横切る細長い窪みにしか見えません。

堀切跡の真ん中には、土橋が架けられていました。
どこを歩いてもほとんど変わりませんが、土橋の上を通って先へ進みます。

小野坂への分岐点

121鉄塔への分岐点を素通りして、さらに登っていくと、リボンの結ばれた木が何本もありました。
どうやらここは重要な地点で、リボンはその目印のようです。

すこし進むと、平らになった広場の端に三角点がありました。
何ひとつ案内がありませんが、ここで道は小野坂牛洞峠の二手に分かれるようです。

分かれ道に立つ男性

小野坂まで行って来るつもりでしたが、急坂が続きそうなので躊躇(ためら)ってしまいました。
ただまだ体力が残っているので、下りてみることにします。

急坂を下って小野坂へ

小野坂への下り坂は、急坂と平坦地との繰り返しになっていました。
平坦地は人工的に造成されたものなので、砦の曲輪跡だと思われます。

処どころに刺さっている杭は、小野地区と谷汲深坂地区の境界線を表します。

ひたすら下っていくと道が尾根筋を外れて、斜面を斜めに下っていく細道になりました。
ただ小野坂はまだ遠いようで、しばらく細道を進むことになります。

最後にこの坂道一番の急勾配を慎重に下りると、ようやく小野坂に着きました。
牛洞峠への案内板を確認したら、来た道を戻っていきます。

120鉄塔からの雄大な眺め

ということで、ふたたび三角点のある分岐点まで戻り、牛洞峠へ向かって歩き始めました。
しばらく歩いて小山の上へ着いたら、分岐点で 120鉄塔の方へ進みます。

120鉄塔から東の方角を眺めると、大谷山と岐阜市の山やま、濃尾平野が見えました。
大谷山の南側斜面には遊歩道が整備されているので、何度か歩いたことがあります。

120鉄塔から西の方角を眺めると、雄大な池田山が見えました。
ふもとから登るのは大変なので、池田の森公園から山頂まで登ったことがあります。

さらに牛洞峠へ下っていきます。

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