竹中半兵衛は戦国時代の武将で、織田信長と豊臣秀吉に軍師として仕えました。
岐阜県垂井町(たるいちょう)にある菩提山城を拠点としていたので、そこを訪れています。

菩提山城跡に着いたので、随所に配置された遺構をめぐり、ふもとの景色も堪能しました。
帰りは「菩提入り口」へ下りていきます。
菩提入り口への分岐点

さて菩提山城跡から下りてくると、ふたたび案内の多い分岐点まで来ました。
登りとは異なる登山道を通って下山したいので、下りは「菩提入り口」へと向かいます。
こちらの道は距離が短めなので、ふもとから山頂までひたすら尾根伝いに登りっぱなしです。
傾斜が急なところも多いため、丸太の階段が至るところに設置されているようです。
ボクは下山していたのですが、丸太の階段のお蔭で、足が石ころで滑らずに下りられました。
なお丸太の中央部分が、よく踏まれて朽ちていることがあるので、注意が必要です。
しきりに菩提寺へと案内する看板

「菩提入り口」へと下山していると、見かけるのが「菩提寺」へと案内する看板です。
先ほど通った案内の多い分岐点でも、この案内板を見かけました。
ただ竹中半兵衛の菩提寺は、最初に訪れた禅幢寺(ぜんどうじ)なので、こことは違います。

実は「菩提寺」は、大昔このあたりを治めていた豪族伊福氏が建てた、格のある寺だそうです。
その豪族の菩提寺という意味なのかも知れません。
ちなみに案内板に写っている菩提寺の山門が、江戸時代中期に建てられたものらしく、有名なようです。
白山神社を通り抜けて

さて菩提山を下山してくると、いつの間にか白山神社の境内に着きました。
クマの目撃情報があったらしく、注意喚起を促す看板が立てられています。
菩提山城跡ハイキングコースは、そのまま白山神社の境内を通り抜けていきます。
本殿から遠ざかるように参道を歩いて、大きな石の鳥居をくぐり石段を下りていきます。
ただ道は途中から左に折れ曲がり、コンクリート製の階段に変わりました。
たぶん集落を迂回するように切り通しで新道が作られたため、参道が分断されたのでしょう。
白山神社からの帰り道
白山神社の入り口から竹中氏陣屋跡へは、おおよそ道なりに東へ進んでいけば良いようです。
まずは舗装された道路を道なりに下って行きました。

JR東海道本線の踏み切りのすこし手前(西)まで来ると、バス停もあります。
JR垂井駅北口から垂井・岩手線の巡回バスに乗れば、このあたりを巡るのに便利そうです。
あとは踏み切りを渡って、田んぼの中を通る道を東に歩いていけば、竹中氏陣屋跡のある通り(県道257号線)に出られます。
あとがき
菩提山城跡は単なる山城の跡地だろうと、あまり期待していませんでした。

しかしいざ登ってみると、山頂付近は整備されていて見晴らしがかなり良くなっていました。
普段ボクの住んでいる関ヶ原町からは見られない、濃尾平野を見渡せたことは驚きでした。
ただ、あちこちにある曲輪を訪れても、立て札があるだけなので、ちょっと寂しいです。
いつか簡単な説明が立て札に付くことを期待しています。
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