【滋賀】長浜市湖北町の伊部宿を通って雲雀山へ その1 (駐車場から伊部宿へ篇)

名所史跡めぐり
この記事は約3分で読めます。

長浜市湖北町(こほくちょう)と山ノ前町(やまのまえちょう)の境には、雲雀山(ひばりやま)があります。
山頂の砦跡を見るため以前、涌出山(ゆるぎやま)の帰りに、ちょっと寄り道してみました。

ヒバリ

ところが、ふもとの古矢真神社(こやま じんじゃ)に着くと、奥の登り口は封鎖されていました。
雲雀山の北側にある墓地から登った方が、良かったのかも知れません。

小谷城跡ガイド館の駐車場へ

ということで、まずは小谷山(おだにやま)のふもとにある、小谷城跡ガイド館の駐車場へ向かいました。
本来は小谷城跡を訪れる人のための駐車場ですが、雲雀山の最寄りの駐車場でもあります。

駐車場に自動車を停めると、地元のボランティアガイドの方が近寄ってきました。
雲雀山へ登りたい旨を告げると「ああ、あの山ですね」と指差して教えてくれました。

ただ雲雀山は知っていても、登り口まではご存じないようです。
とりあえず雲雀山のある方角が判ったので、来た道を国道365号線の方へ歩いていきました。

国道365号線を渡って

自動車で来た道を通って、国道365号線の方へ歩き始めると、遠くに目的の雲雀山が見えました。
低い山なので、登り始めたらすぐ山頂に着いてしまいそうです。

雲雀山小谷山の間には現在、国道365号線が通っているので、別べつの山のように見えます。
ところが、かつては尾根が切通されておらず、一つにつながっていたようです。

赤信号

国道365号線を歩いて渡る人はめったにいないので、横断歩道の白線は引かれていません。
近くの信号機で自動車が停止している間に、道路を南側へ渡りました。

北国脇往還の伊部宿

さて田園地帯の中をさらに南へ向かって歩いていると、「伊部宿本陣跡」と書かれた看板がありました。
ただあたりに本陣跡らしき建物は見当たらないので、丁字路で左へ曲がって道なりに進みます。

すると南の方へずーっと続く、かつての北国脇往還伊部宿跡の景色が広がりました。
真っ直ぐなようで微妙に曲がっている道が、むかしの街道の雰囲気を漂わせています。

雲雀山交流会館の前まで来ると、伊部宿についての説明板がありました。
かつては小谷城の城下町として栄え、江戸時代には宿場町として 80~100軒ほどの屋敷が並んでいたようです。

小谷城は、織田信長との合戦(小谷城の戦い)で破壊されました。

意外に新しい伊部本陣跡

さて北国脇往還をしばらく南へ歩いていると、立派な伊部本陣跡がありました。
あまり建物が古めかしくないのは、火災や震災に遭(あ)ったのちに再建されたからだそうです。

北国脇往還 上小谷伊部宿 案内図
北国脇往還 上小谷伊部宿 案内図

伊部宿は別名を「上小谷宿」と呼ばれ、「下小谷宿」と呼ばれる郡上宿とともに、役務を分担してたのだとか。
福井方面へ上るときは伊部宿が、中山道方面へ下るときは郡上宿が、大名行列を引き受けたようです。

ちなみに伊能忠敬(いのう ただたか)が本陣に泊まった記録も残っているそうです。

伊能忠敬とは、江戸時代の商人で、全国津々浦々を測量して正確な日本地図を作ったことで有名です。

さらに伊部宿を歩いていきます。

コメント

タイトルとURLをコピーしました