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【三重】揖斐川右岸にある桑名市の観光地を巡って その1 (七里の渡し渡船場跡篇)

名所史跡めぐり
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以前、油島(あぶらじま)の木曽三川公園センターに行ったとき、「桑名七里の渡し公園」のパンフレットをもらいました。

長らく放置してあったのですが、久しぶりに桑名市まで行って、その場所を訪ねてみることにしました。

結局、当初の目的地であった「桑名七里の渡し公園」は行かずじまいになりましたが、周辺の施設をいろいろと見てきました。

桑名七里の渡し公園へ

まずは三重県桑名市(くわなし)の「桑名七里の渡し公園」に向かいます。

国道1号線の交差点「伊勢大橋西詰」で南東へ曲がって、揖斐川沿いの県道613号線を進むと、すぐに着きました。

駐車場

県道613号線の両側には、六華苑の第一駐車場第二駐車場があります。
このあたりを観光する人は、駐車しても良いようなので、川の近くの第二駐車場に停めました。

揖斐川防潮堤に上がると、すぐ横には揖斐川が、遠くの方には長良川河口堰(ながらがわ かこうぜき)が見えました。

住吉浦休憩施設で観光マップを入手

住吉浦休憩施設

住吉浦休憩施設

さて第二駐車場から周辺を見回すと、名物「アイス饅頭」を売っている建物を見付けました。
出入り口には「住吉浦休憩施設」とありますが、観光案内所も兼ねているようです。

とりあえず中に入ってみましたが、観光マップらしきものは見付かりません。
しばらく室内の展示を見ていると、受付の方がようやく 2種類の観光マップをくれました。

貸し自転車屋

受付の女性に、早めにお願いするべきだったのかも知れません。
なおレンタサイクルの貸し出しも、ここで受け付けているようです。

航海の安全を願って、住吉神社

住吉神社

住吉神社

揖斐川防潮堤を川下へ歩いていくと、住吉神社がありました。
平成15年に揖斐川防潮堤が改修整備されたのに伴って、社殿が建て替えられたそうです。

ハマグリ

さて桑名は古くから、広域的な舟運の拠点湊として大いに栄えていました。
それ故に「十楽(じゅうらく)の津」とよばれてたようです。

十楽とは、極楽で味わえる 10種類の喜びのこと。
戦国時代には、商人が自由に商売できる湊を「十楽の津」とよびました。

全国から集まった多くの廻船業者たちにより、航海の安全を願って建てられたのが、この住吉神社です。

様変わりした、七里の渡し跡地の景色

七里の渡し跡への道

七里の渡し跡への道

さらに揖斐川防潮堤を歩いていくと、入り江の向こうに二段の石垣で囲まれた高台が見え、その上に建つ大きな鳥居も見えてきました。

設置してあった説明板の絵を見ると、七里の渡しはもっと低い場所にあったようです。
その跡地は、高潮や津波などから町を守るため、段階的にかさ増しされました。

また現在の七里の渡し跡地から見える景色は、揖斐川防潮堤が造られたことにより、かなり趣が変わってしまったのではないでしょうか。

旧跡七里の渡し

伊勢神宮の一の鳥居

伊勢神宮の一の鳥居

さて桑名側の七里の渡し渡船場は、伊勢国の東の入り口ということで、式年遷宮の際に伊勢神宮から譲り受けた古い鳥居が、伊勢神宮の一の鳥居として設置されています。

七里の渡しとは、旧東海道の宮宿と桑名宿の間を結んだ渡し船のこと。
幅広い河川がいくつも複雑に入り組んで、陸路を整備できなかったようです。
旧跡七里の渡しの石碑

旧跡七里の渡しの石碑

その一の鳥居をくぐって外に出てくると、今度は「旧跡 七里能王太之(しちりのわたし)」と刻まれた石碑がありました。

「何故このような場所に?」と思いましたが、この場所が本来の高さなのかも知れません。

 

つぎは蟠龍櫓と三之丸跡を見に行きます。

【三重】揖斐川右岸にある桑名市の観光地を巡って その2 (蟠龍櫓と三之丸跡篇)
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