【福井】福井市の一乗谷朝倉氏遺跡を巡る その7 (小見放城と八幡神社と城下町跡篇)

名所史跡めぐり
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福井県福井市城戸ノ内町(ふくいし きどのうちちょう)には、朝倉氏遺跡(あさくらし いせき)があります。
以前、鯖江市のうるしの里会館を訪れたとき、外壁の地図で見つけてずっと気になっていました。

近ごろ NHK 大河ドラマ「麒麟がくる」を見ていると、よく登場するので、朝倉氏遺跡を見に行ってきました。
ただ早々に一乗谷城跡へ登ってしまったので、城跡巡りがメインになっています。

三の丸跡とその東側にある畝状竪堀群を見たあとは、来た道を戻って、今度は馬出ルートを下っていき、摩崖地蔵菩薩まで来ました。

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振り向けば、小見放城跡

さて摩崖地蔵菩薩から馬出ルートを下ってくると、下の方が明るくなってきました。
山道の先には何本かの立て札が、木立の奥からは舗装道路のようなものが見えます。

小見放城跡
小見放城跡(堀切から漏れる光)

その立て札を谷側から見てみると、「小見放城(こみはなち じょう)」と書かれていました。
あたりには主郭跡段々畑状の曲輪群竪堀などが遺っているそうで、右上の方には堀切が見えます。

尾根が入り組んでいるので、もしかすると「小見於城(こみお じょう)」かも知れません。

ただもう一度坂道を登っていって、小見放城跡を見に行く元気がないので、そのまま道を下りていくことに。
ちなみに舗装道路のように見えたのは、石垣風に装飾された砂防ダムのてっぺん部分でした。

馬出と呼ばれる平場

小見放城からしばらく下ってくると、木立の切れ間からふもとの景色が見えるようになりました。
馬出ルートの左側には、平坦な広場が広がっています。

ウマ

地図によると、このあたりは「馬出(うまだし)」と呼ばれている場所のようです。
想像するに、厩舎(きゅうしゃ)や馬場があったと思われます。

馬出の段々になった石垣の下には、一乗城山への登山口を表す立て札がありました。
馬出ルートは、一乗谷城跡の主要道の役割を持った、大手道だとの言い伝えがあるそうです。

八幡神社のイチョウの絨毯

八幡神社のイチョウの絨毯
八幡神社のイチョウの絨毯

さらに馬出ルートを下ってくると、あたり一面が黄色くなったイチョウの落ち葉で埋め尽くされていました。
さしずめ「イチョウの絨毯(じゅうたん)」といったところです。

ということで、ようやくふもとの八幡神社に着きました。
一乗谷城跡からは、およそ 1.5キロメートルの道のりです。

イチョウの枝

足がクタクタになってしまったので、残念ながら八幡神社にお参りするのは止めにしました。
八幡神社の社殿は、奥の石段を登っていった先にあるようです。

復元された朝倉城下町跡を見ながら

八幡神社からは適当な橋で一乗谷川を渡って、県道18号線(鯖江美山線)を駐車場の方へ歩いていきました。
歩道が整備されているので、安全に歩いていけます。

程なく県道18号線の向こう側には、復元された朝倉氏の城下町跡が現れました。
それぞれの敷地のまわりは溝で囲まれており、敷地ごとに井戸があるようです。

城下町跡の中は道が舗装されており、誰でも自由に歩けるようです。
ただ見渡す限り、誰も歩いていませんでした。

あとがき

今回は一乗城山に登って、おもに一乗谷城跡を見てきました。
五代朝倉義景が、1573年に織田信長と戦って、敗れてしまった山城です。

一乗谷はかつて、朝倉氏が居館と山城を構えた場所です。
越前国の中心として、およそ 100年に渡って大いに栄えたのだとか。

サムライ

朝倉館跡のほかにも、当時の武家の暮らしを再現した、復元武家屋敷があるようです。
そのうち折を見て、見に行きたいと思います。

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