【岐阜】揖斐郡揖斐川町の横蔵寺からいこいの森へ その4 (旧横蔵寺本堂といこいの広場篇)

名所史跡めぐり
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岐阜県揖斐郡揖斐川町(いびぐん いびがわちょう)には、いこいの森があります。
以前、横蔵寺(よこくらじ)へ参拝したとき、設置されていた案内板でその存在を知りました。

ということで、いこいの森を散策してきました。
ただ頂上付近は一面に雪が積もっていたので、行ってきたのは旧横蔵寺本堂跡までです。

いこいの森案内図
いこいの森案内図

仁王門跡の上段にある馬場跡を半分まで歩いたあとは、稚児の岩を見て、熊谷直実の墓にお参りしました。

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残雪の中を歩いて

さて熊谷直実の墓からは、旧横蔵寺本堂跡を目指して、さらに奥へ歩いていきました。
途中には建物の基壇跡と思われる、平らな盛土もあります。

坂道を下ったり上ったりしていると、一面が雪で覆われた広場がありました。
旧横蔵寺の敷地は、山の広範囲に渡って展開されていたようです。

そこからは雪に埋もれた丸太階段を、注意しながら下っていくことに。
ひときわ広い敷地まで下りてくると、大岩に東海自然歩道の古い立て札が立て掛けられていました。

正面の石段が遺る、本堂跡

旧横蔵寺本堂跡
旧横蔵寺本堂跡

広大な敷地は旧横蔵寺の中心地だったらしく、真ん中には本堂跡の基壇が遺(のこ)っていました。
正面には平らな大岩で、石段が設(しつら)えられています。

織田信長の焼き討ち

織田信長(おだ のぶなが)の焼き討ちに遭って、旧横蔵寺本堂は焼けてしまったのだとか。
それ以降この場所に、本堂は再建されていないそうです。

すぐ横には、「横蔵寺旧跡」と刻まれた石碑も建てられていました。
天台宗の開祖である伝教大師最澄ののぼり旗も立てられていますが、すっかり汚れて破れています。

僧兵たちが学問をした、西の講堂跡

旧横蔵寺本堂跡への石段

予定ではシャクナゲ平まで登るつもりでしたが、意外に雪が残っているのでもう帰ることにしました。
石段は雪に埋もれており踏み外すと危ないので、迂回路を通って下ります。

すると、西の講堂跡とよばれる平坦な敷地がありました。
僧兵たちが学問をしたところだそうです。

武蔵坊弁慶
武蔵坊弁慶

僧兵たちは馬を乗り回すだけでなく、僧侶の本分である学問もしていたようです。
ちなみに西の講堂跡の続きに、僧兵たちが馬を乗り回した馬場跡があります。

雪に覆われた、いこいの広場

さて来た道をまんだら滝まで下って、まっすぐに下りていくと「いこいの森」と刻まれた石碑がありました。
すぐ近くにいこいの広場があるようなので、行ってみることに。

すると広場の中ほどに、休憩舎物見櫓(ものみやぐら)が建てられていました。
あまり古びた感じはしませんが、物見櫓の上り口には立入禁止のテープがいく重にも張られています。

仕方がないので、雪の残るいこいの広場の中を、出入り口であるいこい橋へ向かいました。
いこいの森は、自然の中で休養して明日への活力を養うところ、だそうです。

あとがき

横蔵寺にお参りする人の中で、いこいの森の存在を知っている人は、果たして何人いるのでしょう?
いこいの森案内図が設置されている場所は、順路にしたがって参拝した帰り道です。

そこからわざわざ山登りに行く人も、いないのではないでしょうか。
そもそも横蔵寺を訪れる人の主な目的は、病気平癒紅葉狩りなんですよね。

シャクナゲ

そういうボクもつい最近まで、いこいの森の存在をすっかり忘れていたのですけどね。
暖かい日が続いて雪が溶けたら、今回断念したシャクナゲ平まで登ってみたいと思います。

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