【ブランド杉】関ヶ原合戦祭りの人間将棋で今須杉から作られた駒が大活躍!

独り言
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最近は、外国産の安い輸入木材に押されて、国産木材はなかなか売れないと聞きます。

かつては仲買人が、競って高値を付けたという「今須杉」も、その例外ではありません。
建築資材としての需要が無くなったため、杉の木の手入れも行き届かなくなったそうです。

将棋の駒のキャラクター

ということで、これを解決しようと「関ヶ原合戦祭り」において人間将棋が行われました。
人間将棋の駒に「今須杉」を使うことで、その良さを知ってもらおうと言うねらいです。

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かつての銘木、今須杉とは

杉ばやし

「今須杉」とは、岐阜県不破郡関ヶ原町今須(ふわぐん せきがはらちょう います)で、地元の林業の人たちによって大切に育てられた、杉の木を指します。

今須地区の冬場はとても寒く大雪が積もるため、杉の木の成長が遅くなってしまいます。
ただそのお陰で年輪の間隔が狭くなり、固く締まった丈夫な木に育つのです。

材木にすると、木目が細かくて色つやも良いので、かつては高値で取引されたそうです。
ボクが子どもの頃はまだ、銘木の誉れが高かったのですけどね。

人間将棋といえば天童市

左馬の置き物

さて人間将棋といえば、将棋の駒の生産地として有名な山形県天童市(てんどうし)で開催される「天童桜まつり」の中で行われるものが有名です。

毎年 4月下旬になると、かつての天童城があったという舞鶴山の特設会場で、招待された将棋のプロ棋士 2名が、人間将棋の駒を上から見ながら対局します。

鎧兜を着た子ども

その駒の 1つ 1つには、鎧兜(よろいかぶと)などを身に着けた駒武者が配置されます。
プロ棋士の指し手に合わせて駒武者が、担当する駒を移動させ対局が進むのです。

人間将棋で「今須杉」を広く世間に

その人間将棋を、関ヶ原町で開催される「関ヶ原合戦祭り」の中でも行うことになりました。
関ヶ原町はご存知の通り「天下分け目の決戦地」として有名です。

プロ棋士を「徳川家康」と「石田三成」に、駒武者を名だたる戦国武将に見立てれば、単なる人間将棋ではなく架空の「関ヶ原の戦い」と見なせるので、格段に面白くなりそうです。

ただ今回の目的は「今須杉」の存在とその特徴を、多くの人に知ってもらうことでした。
「今須杉」から作られた人間将棋の駒を使うことで、その良さを感じて欲しいのです。

将棋の駒づくりで思わぬトラブル

将棋の駒

さて人間将棋の駒を作る場合、普通は駒武者の運ぶ負担を考えて、ハリボテにします。
ところが関ヶ原町の人間将棋の駒は、無垢(むく)の「今須杉」から作られました。

ただ、つなぎ目のない大きな板から、人間将棋の駒を作るのはちょっと勿体ない。
ということで板の側面を接着剤でつなぎ合わせて、一枚の大きな板にしていました。

しかし乾燥すると板が反り返ってしまい、端の接着が剥がれるという思わぬトラブルが発生。
それを修復する作業に予想外の時間が掛かってしまい、かなり大変そうでした。

板を接(は)ぐときは、小さな鉋(かんな)などを使って接着面を微妙に弓なりに凹ませてから接着しなさいと、むかし木工科の先生が言っていました。

関ヶ原合戦祭りの人間将棋は無事終了

将棋盤

なお「関ヶ原合戦祭り」の人間将棋は、小雨が降ったにもかかわらず大盛況だったようです。

あらかじめ観覧席が設置されていたのですが、あまりの人気で席数が足りず、立ち見のお客さんまで出てしまいました。

天候がそれほど良くなかったので、駒の状態が悪くならないか心配されましたが、何事もなく勝負が終わったようです。

インタビュー

インタビューの様子を見ていると、見に来られたお客さんの評判は結構良かったようです。

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あとがき

将棋の対局

まずは第1回目の人間将棋が成功しました。

今回人間将棋の駒を作られた方も言っていますが、「今須杉」から作った駒で人間将棋をしたからといって、次の日から「今須杉」がブランドになる訳ではありません。

しかし、この「関ヶ原合戦祭り」の人間将棋は毎年行われるそうです。
続けていけばそのうち、何かしらの進展があるかも知れません。

「継続は力なり」です。

imasusugi のツイッター

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