【福井】小浜の重要で伝統的な建造物の中を歩く その3 (八百比丘尼篇)

神社仏閣めぐり
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以前から気になっていた福井県の小浜市に、ちょっと行って来ました。

前回は、階段と線路の向こうに見える常高寺(じょうこうじ)になんとかたどりつき、中を拝観してきました。

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八百比丘尼の洞穴を見に

ふくい歴史街道(常高寺)
ふくい歴史街道(常高寺)

常高寺の門前にあった案内地図を見ていたら、空印寺(くういんじ)にある八百比丘尼(やおびくに)の洞穴を見つけました。

ちょっと謂(い)われがありそうな場所ということで、見に行くことに。

瀧天満宮の鳥居
瀧天満宮の鳥居(鉄道の方を振り返って)

来た道を戻って、鉄道の下のトンネルをくぐり、そのまままっすぐに進むと、瀧天満宮の鳥居から、表通りにでます。

表通りに出たら、東へ右折して、道なりに歩いていきました。

いにしえのロマン漂う旧丹後街道

丹後街道の標識
丹後街道の標識

しばらく歩いていると気がつくのですが、その表通りは、旧丹後街道のようです。

まず道が、むかしの道らしく、微妙に曲がっています。
曲がっているので、見通しが悪いですし、道幅も一定ではありません。

鎧を着た武士

さらには、道が時折ひと一人分ほど、ちょっとだけクランクしています。
たぶん、戦(いくさ)のときに兵士がその場所に隠れて、敵を待ち構えたのでしょう。

思わぬところで、いにしえのロマンに出会いました。

広大な敷地の脇を通って空印寺へ

空印寺横の空き地
空印寺横の空き地

さて、旧丹後街道を進んでいくと、柵で囲まれた広大な空き地の脇まで来ました。
空き地の中には、何やらむかしの土塁の一部を再現したという盛り土があります。

若狭武田氏館跡史跡公園イメージ図
若狭武田氏館跡史跡公園イメージ図

若狭武田氏館跡史跡公園が造られる予定のようですが、どうなりますか。

さらに、道に沿って歩いていくと、道は南に曲がり、急に広くなりました。
どうやら、空印寺の入り口にたどり着いたようです。

空印寺の入り口
空印寺の入り口

すぐ横には「八百比丘尼 入定洞入り口」と書かれた立て看板もありますので、間違ってないようです。

八百比丘尼入定の洞穴

参道を通って、空印寺の山門の前を素通りすると、八百比丘尼入定の洞穴の前に到着しました。

八百比丘尼入定地
八百比丘尼入定地

ただ、八百比丘尼入定の洞穴の前には柵がしてあります。
右側の柵は持ち上げれば外れますので、雨が降ってなければ入れます。

尼さん

八百比丘尼とは、人魚の肉を食べたせいで、800歳まで生きたという尼さんです。

生前は全国を渡り歩いたそうで、八百比丘尼が杉や椿などの木を植えたという伝説が、各地に残っています。

洞穴の最奥は埋められて

八百比丘尼の洞穴
八百比丘尼入定の洞穴

この入定の洞穴は、八百比丘尼が800歳になったときに、生を終えるために入った場所だそうです。

この場合の入定とは、聖者や高層などが亡くなることいいます。

ただ国鉄(現JR)小浜線を通したときに、洞穴の奥を埋めてしまったそうです。
というわけで、洞穴の本当の最奥までは行けません。

雑然とした空印寺

空印寺の山門
空印寺の山門

八百比丘尼入定の洞穴を離れ、先ほどは通り過ぎた、空印寺の山門をくぐりました。

空印寺の境内
空印寺の境内

境内には、本堂までアスファルトで道が引かれています。

また残った場所には、ところ狭しと石仏やら石灯籠やら岩やら庭木やら、いろんなものが雑然と配置してありました。

空印寺の本堂
空印寺の本堂

アスファルトの道を本堂まで歩いていきましたが、受付などは見当たりません。
よく分からなかったので、空印寺をあとにしました。

八幡神社の秋祭り

若狭小浜八幡神社の放生祭
若狭小浜八幡神社の放生祭

空印寺を出てさらに東へ進むと、今度は、巨大な立て看板がありました。
そこは、八幡神社の前の道路です。

立て看板には、毎年9月に催される「放生祭」という秋祭りの出し物の写真が、一覧になっていました。

山鉾

その出し物は、地区ごとに準備され、「神輿」「山車」「神楽」「大太鼓」などが、まちを巡りまわるそうです。

写真を見る限りでは、京都の祇園祭にも引けを取らない感じでした。

小浜八幡神社の鳥居
小浜八幡神社の鳥居

さて、八幡神社の参拝も済みました。

お腹が空いてきましたので、飲食店を探すことにしました。

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