【岐阜】恵那市の岩村城跡へ紅葉の頃に その4 (本丸と長局埋門と六段壁と南曲輪篇)

城郭めぐり
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岐阜県恵那市(えなし)には、岩村城跡(いわむらじょう あと)があります。
奈良県の高取城跡や岡山県の松山城跡と並び称され、日本三大山城の一つに数えられています。

今回は、ふもとの駐車場から岩村城跡本丸まで登りながら、いろいろと見て歩くことに。
やけに観光客が多いと思ったら、木の葉が赤く色づいていました。

岩村城跡 案内図
岩村城跡 案内図

畳橋から、追手門を通って、途中で八幡宮阯に寄り道したあとは、伝説の残る霧ヶ井を見て、有名な六段壁の横を通り抜け、埋門まで来ました。

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天守はなかった、岩村城跡本丸

さて埋門からは、迷路のような石垣の間を通り抜けて、坂道を登っていきます。
前回、山頂の駐車場から登ってきたときも、埋門からこの道を通りました。

ということで、ようやく広々とした岩村城跡本丸に着きました。
本丸に天守はなく、広場を取り囲む基壇の上に、納戸櫓二重櫓多門櫓などが建てられていたそうです。

岩村城の建物群は、明治の廃城令を受けて競売にかけられ、すべて取り壊されました。

折角なので本丸から、ふもとの景色を眺めてみることに。
角度が悪くて城下町があまり見えませんが、遠くの山やまが赤く色づいています。

昇龍の井戸から長局埋門へ

岩村城跡本丸の東側へ行くと、数多くある井戸の一つである昇龍の井戸がありました。
奥(東曲輪)のカエデが美しく色づいているので、釣られて隣の長局曲輪(ながつぼね ぐるわ)へ。

そのまま長局曲輪の中を歩いていくと、門がありました。
両側の石垣の上が平らで、通路には柱を立てる穴の空いた石があるので、櫓が載っていたようです。

長局埋門

門の表側に出てみると、解説板には長局埋門(ながつぼね うずみもん)と書かれていました。
もう一つの埋門と同様に、小さな出入り口が設けられていたようです。

ひな壇状に築かれた石垣、六段壁

長局埋門からは東曲輪を経由して、幅が広い大手道の石段を下りていきました。
先ほどは人だかりになっていましたが、もう人影がありません。

ということで、本丸の北東側に築かれた六段壁(ろくだんへき)を堪能することにします。
ひな壇状の石垣も二段や三段ならまだしも、六段となるとさすがに珍しい。

お城を造った当初は、最上部だけの高石垣だったのだとか。
ところが下部の斜面を補強するため、繰り返し石垣を積み重ねた結果、六段になってしまったそうです。

帯曲輪を歩いて、南曲輪へ

さて六段壁から帯曲輪を時計回りに歩いていると、岩村城跡への案内板がある舗装道路に出ました。
この道路を進んだ先には、前回利用した山頂の駐車場があります。

山頂駐車場へ向かって歩いていると、道端に南曲輪の案内板を見つけました。
この尾根筋の先に南曲輪があるようです。

道路脇の平地には、江戸時代に侍屋敷があったそうです。

実際に 2つの堀切を渡って南曲輪まで行ってみましたが、特に面白いものはありません。
あたりはすっかり、スギの植林地帯になっていました。

次は岩村城跡から下山していきます。

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