【滋賀】初夏なのに鶏足寺と石道寺と与志漏神社 その2 (鶏足寺篇)

神社仏閣めぐり
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今はまだ初夏で、紅葉の季節ではありませんが、鶏足寺(けいそくじ)周辺を見に行ってきました。

鶏足寺は、琵琶湖の湖北地域にあります。

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尾根を越えて鶏足寺へ

尾根から鶏足寺へ
尾根から鶏足寺へ(ちゃんと草刈り機で手入れしてあります)

鶏足寺を示す道しるべにしたがって、尾根を越え道を下りていきました。
尾根道と違って、こちらの道は石畳になっていますので、歩きやすいです。

鶏足寺の看板
鶏足寺の看板

鶏足寺のふもとまでは、すぐに着きます。
今でこそ、鶏足寺という名前ですが、そもそもは飯福寺(はんぷくじ)というお寺でした。

鶏足寺(旧飯福寺)のふもと
紅葉の名所である鶏足寺(旧飯福寺)のふもと

飯福寺とは、鶏足寺の別院の一つだったところだそうです。
現在では、観光地としてキャッチーな「鶏足寺」という名前になってしまいました。

旧飯福寺の参道

鶏足寺(旧飯福寺)の参道 その1
鶏足寺(旧飯福寺)の参道 その1

旧飯福寺の参道を登っていくと、参道の両側に平らで広い敷地を見られます。
その広い敷地は、本堂にたどり着くまで、次から次へと段々畑のように続いていました。

鶏足寺(旧飯福寺)の参道 その2
鶏足寺(旧飯福寺)の参道 その2

それらの広い敷地はすべて、旧飯福寺の遺構です。
飯福寺が隆盛を極めていたころ、その広い敷地ごとに関連の寺院が建っていました。

鶏足寺(旧飯福寺)の参道 その3
鶏足寺(旧飯福寺)の参道 その3

お堂の手前まで来ると、石段の傾斜が急になっています。

もしお堂まで登るつもりなら、あらかじめ運動靴などに履き替えて、万全の体制で登られることをおすすめします。

鶏足寺のご本尊は

鶏足寺(旧飯福寺)は、紅葉の名所ではありますが、住職が住んでいません。
つまり廃寺であるため、夜間に限らず常にお寺は無人の状態です。

ご本尊についての案内
ご本尊についての案内(急な石段の脇に設置)

それゆえ防犯上の理由から、本来の鶏足寺のご本尊である十一面観音立像は、与志漏神社(よしろじんじゃ)の己高閣(ここうかく)の中に展示してあります。

仏師

そういえば、石道寺(しゃくどうじ)のご本尊も十一面観音菩薩立像でした。
このあたりで当時、十一面観音が流行っていたのですかね。

なお己高閣の中に入るには、社務所で拝観料を払う必要があります。

本来の鶏足寺は?

鶏足寺(旧飯福寺)の参道 下り
鶏足寺(旧飯福寺)の参道 下り

では、本来の鶏足寺はどこにあったのでしょうか?

古橋周辺案内図
古橋周辺案内図

実はかつて、己高山(こだかみやま)という1000メートル近い山の中腹にありました。

古橋周辺案内図(拡大)
古橋周辺案内図(拡大)

往時は、多くのお坊さんとその家族が住む、大きな建物がいくつも建っていました。
しかし現在では、本堂も焼けてしまい、建物と墓地庭園の跡を残すのみとなっています。

鶏足寺の由来

茶色のニワトリ

なお鶏足寺の名前は、伝教大師 最澄(でんぎょうだいし さいちょう)に由来するそうです。

最澄が、鳥の鳴き声と足跡に導かれて十一面観音像を見つけた場所が、行基が建てたとされる廃寺の中だったそうです。

キジ

山の中にいる鳥で、鳴き声が大きいと言えば、古くは「雉(きじ)」だと思われます。
昔話に出てくる鳥はやっぱり雉ですし、鳴き声も「ケンケーン」と大きく鳴きます。

吾、唯足るを知る

お寺の名前が、もし雉足寺だとすると、面白い考えが浮かびます。
これを縦書きすると、「唯足るを知る」寺になります。

龍安寺の蹲

京都の龍安寺(りょうあんじ)の蹲(つくばい)に書かれている「吾、唯足るを知る」と、同じになると思いませんか?

伝教大師 最澄

もし、伝教大師 最澄にゆかりがあるのなら、むしろその方がしっくりします。
あなたは自分がお寺の住職だとして、果たしてニワトリの足の寺などと名前を付けるでしょうか?

では、与志漏神社に向かいます。

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