【岐阜】揖斐郡揖斐川町の鉈ヶ岩屋と国見岳へ その1 (国見峠から鉈ヶ岩屋へ篇)

名所史跡めぐり
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岐阜県揖斐郡揖斐川町(いびぐん いびがわちょう)には、鉈ヶ岩屋(なたがいわや)があります。
2022年9月1日の中日新聞 西濃総合面を読んで、はじめてその存在を知りました。

地元旧春日村地区では、別名を「教如岩(きょうにょ いわ)」とも呼ぶのだとか。
のちに京都・東本願寺を建てた教如上人が、石田三成に追われて匿(かくま)われた場所だといいます。

ということで、鉈ヶ岩屋を見に行ってきました。
ついでに、苔むした険しい岩場を通って国見岳にも登っています。

鉈ヶ岩屋・国見岳周辺地図
鉈ヶ岩屋・国見岳周辺地図

国見峠駐車場へ

まずは、滋賀県と岐阜県の県境にある国見峠駐車場に向かいました。
国道417号線の交差点「下岡島」で西へ入って、県道32号線を道なりに走っていきます。

旧春日村の中に入ると分かれ道も多いので、案内板を見逃さないように進んでいきました。
途中の集落の中には、道幅が自動車一台分しかない場所が、いくつもあります。

今回は、春日美束集落直前で全面通行止めだったので、引き換えして旧久瀬村経由で向かいました。

国見峠の碑と鉈ヶ岩屋の看板
国見峠の碑と鉈ヶ岩屋の看板

ということで、ひたすら曲がりくねった坂道を登っていくと、ようやく国見峠に着きました。
あいにくの曇り空なので、あたりは霧が立ち込めています。

国見峠から鉈ヶ岩屋分岐点へ

さて国見峠からは鉈ヶ岩屋を見るために、看板すぐ横から始まる登山道を登っていきました。
国見岳頂上への登山道でもあるので、その案内板も立てられています。

鉈ヶ岩屋へと続く登山道は、処どころに高い段差があるので、足元に注意しながら進んでいきました。
霧のせいか標高のせいか、ふもとに比べるとけっこう肌寒く感じます。

しばらく登っていくと、分岐点に鉈ヶ岩屋の案内板がありました。
どれほどの距離があるかは判りませんが、急坂を下っていった途中にあるようです。

巨岩群を岩屋と勘違い

ということで、鉈ヶ岩屋を目指して歩いていきました。
横がけ道を通って小山を越えたあとは、トラロープの張られた急勾配の坂道を下っていきます。

すると坂道の左側に、巨大な岩がいくつも現れました。
谷側に回り込んで、新たに奉納されたというお堂「教如堂(きょうにょ どう)」を探しに行きます。

紛らわしい巨岩群
紛らわしい巨岩群

ところがお堂は、巨岩群のどこを探しても見つかりませんでした。
そもそも「岩屋」と呼ぶに相応(ふさわ)しい天井岩がないので、勘違いだったようです。

本当の鉈ヶ岩屋

教如上人御窟(鉈ヶ岩屋)の案内板

さてふたたび鉈ヶ岩屋を探しながら下っていくと、すぐに教如上人御窟の案内板を見つけました。
現在地が記されていませんが、どうやらこの先に鉈ヶ岩屋がありそうです。

鉈ヶ岩屋

踏み跡をたどって行くと果たして、巨大な天井岩のある鉈ヶ岩屋を見つけました。
大きな説明板には、教如上人の追手から逃げ延びる経緯(いきさつ)が、詳しく書かれています。

鉈ヶ岩屋の中をのぞき込むと、新聞に掲載されていた茶色いお堂が設置されていました。
アルミサッシ業の方が設計製作された、軽くて丈夫なアルミ製だということです。

たまたま霧が一時的に晴れて、鉈ヶ岩屋から景色が眺められました。

つぎは国見岳頂上に登ります。

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