【岐阜】揖斐郡揖斐川町の鉈ヶ岩屋と国見岳へ その2 (鉈ヶ岩屋から国見岳へ篇)

超低山登山
この記事は約3分で読めます。

岐阜県揖斐郡揖斐川町(いびぐん いびがわちょう)には、鉈ヶ岩屋(なたがいわや)があります。
2022年9月1日の中日新聞 西濃総合面を読んで、はじめてその存在を知りました。

ということで、鉈ヶ岩屋を見に行ってきました。
ついでに、苔むした険しい岩場を通って国見岳にも登っています。

鉈ヶ岩屋・国見岳周辺地図
鉈ヶ岩屋・国見岳周辺地図

国見峠から、鉈ヶ岩屋まで来ました。

長くて険しい苔むした岩場

さて鉈ヶ岩屋から急勾配の坂道を登っていくと、ほどなく国見岳へと伸びる登山道に合流しました。
比較的歩きやすい道が続きますが、ときどき木の根が地面から顔を出します。

しばらくして植林地帯を抜け出ると、地面の緑が濃くなって、かなり長くて険しい岩場が始まりました。
大小の苔むした岩が無数に転がっているので、足場を確認しながら登っていきます。

坂道が向きを変えるところで斜面を見上げると、すぐそこに山頂らしき場所が見えました。
さらに岩場を登っていき、ようやく鬱蒼(うっそう)とした森から出られます。

KDDI管理地を探し回って

KDDi管理地の展望台

ようやく出られた明るい場所には、「KDDI管理地」の看板がありました。
携帯電話などの基地局にしては広すぎるので、保養所のような施設があったのかも知れません。

登山道の続きが見当たらないので、広場の中を探し回ることに。
念のため国見岳の山名板も探してみましたが、どこにもそれらしきものはありません。

そのうち森の入り口で、運良く「登山道」と記された案内板を見つけました。
目指す国見岳頂上は、もうすこし登った先にありそうです。

国見岳頂上は晴れず

さて、ふたたび無数の苔むした岩が転がる岩場を登っていくと、ようやく国見岳頂上にたどり着きました。
通常は木に取り付けられている山名板が、珍しく地面に置かれています。

国見岳頂上には、禿山(はげやま、別名:大禿山)への方角を示す案内板もありました。
脚に自信のある人は、禿山を経由して伊吹山頂上まで歩いていくそうです。

山の頂上で叫ぶ

なお残念ながら霧が晴れることはなく、国見岳頂上からは景色を望めませんでした。
テレビ番組なら、後日晴れた日に撮影した映像を差し込むのでしょうけどね。

あとがき

のちに浄土真宗の東本願寺を建てた教如上人は、関ヶ原の戦いの直前、石田三成配下から追われるはめに。
浄土真宗の寺院を転々としながら、春日谷の奥深く、鉈ヶ岩屋に匿(かくま)われます。

功を奏したのは、草道島村(現在の大垣市草道島)西圓寺での身代わり作戦でした。
瓜二つだった西圓寺住職が、教如上人の法衣をまとって駕籠に乗り、目立つように中山道を西へ。

西圓寺住職は関ヶ原で殺されて、石田三成に偽物であることを見破られてしまったのだとか。
結局、教如上人は無事京都に帰れましたが、身代わりの西圓寺住職は道中さぞ恐ろしかったことでしょうね。

コメント

タイトルとURLをコピーしました