火縄銃ともよばれる鉄砲は、室町時代(1543年ごろ)に鹿児島県の種子島に伝来しました。
翌年には、現在の滋賀県長浜市国友町(ながはまし くにともちょう)でも造られ始めます。
長浜市へ買い物に行った帰りに、久しぶりに国友鉄砲の里資料館を訪れてきました。
1階に下りてきて、日本ではじめて反射望遠鏡を作り、それを用いて天体を観測したという、国友一貫斎に関する展示を見てきました。
司馬遼太郎著「街道をゆく」の石碑

さて国友鉄砲の里資料館の建物を出てくると、玄関横の庭の入り口に置かれた石碑に、国友鉄砲鍛冶について書かれた文章が刻まれていました。
歴史小説で有名な司馬遼太郎さんが書かれた紀行文「街道をゆく 24」からの抜粋です。

その旅では、関ヶ原インターチェンジで名神高速道路を降り、史跡を訪ねながら彦根城下まで行って、姉川古戦場や鉄砲鍛冶の里・国友、安土城跡、近江八幡北ノ庄を巡ります。
行ったことのある場所が、テレビや小説などに登場すると嬉しいものです。
くにともマップを参考に散策

それでは国友鉄砲の里資料館の塀のところに掲げてあった「くにともマップ」を参考にして、国友のまちを散策することにします。
いろんなところに史跡などがあるようですが、その多くは中央通りに集まっているようです。

駐車場から歩き始めるとまず最初に、変わった側溝の蓋を見付けました。
ここの側溝の蓋は、グレーチングではなくて、火縄銃の意匠が施された鋳物になっています。
町中に少年と少女の銅像
さてすこし北の方に歩いてくると、道の両側に少年と少女の銅像を見付けました。
なぜ設置されているのか理由は判りませんが、何だかとっても洒落た雰囲気がします。
星を見つめる少年

銅像「星を見つめる少年」は、望遠鏡をのぞき込んで星をずっと見つめています。
もしかすると彼は、サン=テグジュペリの物語「星の王子さま」に登場する「ぼく」で、へびに噛まれた王子が無事に自分の星に帰れたのか、確認しているのかも知れません。
読書する少女

銅像「読書する少女」は、本を読むのに疲れたのか仰いだ空をずっと見つめています。

ちょっと失礼して本の中身を確認すると、そこには「夢」と「星」の文字が大きく書かれていました。
あとがき
戦国時代が終わって江戸時代になると、国友の鉄砲鍛冶の高度な技術力は、諸大名から注目を集めるようになります。
大名に召し抱えられる国友の鉄砲鍛冶も数多くおり、全国各地に移り住んで、鉄砲をたくさん造ったそうです。

現在の日本では、火縄銃が造られることはもうないでしょう。
しかし国友の鉄砲鍛冶の技術は形を変えて、全国各地で脈々と受け継がれていそうです。
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