【福井】三方郡美浜町の国吉城址に登って その1 (駐車場から城主居館跡へ篇)

名所史跡めぐり
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福井県三方郡美浜町(みかたぐん みはまちょう)には、国吉城址(くによし じょうあと)があります。
大河ドラマ「麒麟がくる」を見ていて、その存在を知りました。

織田信長が越前国一乗谷の朝倉義景(あさくら よしかげ)を攻めるとき、拠点にしたお城です。
妹婿である近江国の浅井長政(あざい ながまさ)に裏切られて、京都へ退却するときにも経由したのだとか。

ということで、若狭国(わかさのくに)の国吉城址に登ってきました。
ただ、そのついでに登りかけた近くの御岳山(おたけやま)は、途中で断念しています。

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国吉城址駐車場へ

国吉城址に登るため、まずは駐車場に向かいました。
敦賀からは、高架になった国道27号線(金山バイパス、美浜東バイパス)を走っていきます。

国吉城址駐車場
国吉城址駐車場(サザンカが見ごろ)

美浜東バイパスの西端の交差点から 2回左折して、集落の中を進むと、道路の左側に駐車場がありました。
ちなみに途中道幅が広くなっているところは、旧丹後街道(きゅう たんご かいどう)です。

佐柿 国吉城址 散策絵図
佐柿 国吉城址 散策絵図

駐車場の角には、「佐柿 国吉城址 散策絵図」が設置されていました。
ふもとから本丸跡までは、整備された遊歩道を歩いて、およそ30分 500メートルの道のりのようです。

国吉城址の方へ

ということで案内板にしたがって、国吉城址の方へ向かいました。
道端に立てられているのぼり旗が、道案内をしてくれています。

途中には、「准藩士屋敷跡(じゅんはんし やしきあと)」の標柱が立てられていました。
あたりには石垣が遺(のこ)っているだけで塀はなく、屋敷跡は草ぼうぼうになっています。

天狗

ここは江戸幕末のころ、小浜藩で預かることになった水戸天狗党の残党が、収容されていた場所です。
小浜藩では彼らに敬意を払って、藩士に准じる者として扱ったそうです。

水戸天狗党とは、尊皇攘夷実現のため常陸国の筑波山で挙兵して、京都を目指した集団。
幕府軍の追撃を受けて越前国敦賀で降伏し、その多くは死罪になった。

ちょっと寄り道、若狭国吉城歴史資料館

さて准藩士屋敷跡の角を右へ曲がって奥へ進むと、道が分かれていました。
国吉城址へ行きたいのはやまやまですが、その前に古民家風の建物の方へ行ってみることに。

すると、何本もののぼり旗が立てられた若狭国吉城歴史資料館がありました。
かつてこの場所には町奉行所があったそうなので、お白洲(しらす)なんかもあったことでしょう。

ちなみに左奥へ進むと、休館日に限って利用できる、建物の出入り口がありました。
国吉城址に登る人は、いつでも事前にトイレを済ませられます。

開館中にトイレを利用したいときは、もちろん正面玄関から入ります。

城主居館跡でパンフレット

国吉城址への道

若狭国吉城歴史資料館からも直接、国吉城址へ行けますが、ふたたび分かれ道まで戻ってきました。
今度は、赤い文字で「難攻不落」と書かれた横断幕の前を通って、国吉城址へ向かいます。

国吉城址のふもとには、城主が普段生活していた城主居館跡がありました。
左側に遺る石垣を見たあとは、正面虎口を通って立ち並ぶのぼり旗の近くへ。

城主居館跡
城主居館跡

まずは、国吉城主 粟屋越中守が出したという、御触書に記された注意事項を確認しました。
フタを開けて資料パンフレットをもらったら、国吉城址へいざ出発です。

つぎは国吉城址へ登っていきます。

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