【滋賀】米原市上平寺と弥高の京極氏遺跡を巡る その6 (弥高寺の百坊跡と大門跡篇)

名所史跡めぐり
この記事は約3分で読めます。

伊吹山(いぶきやま)は、滋賀県と岐阜県にまたがる大きな山です。
標高が 1377メートルと、ボクにとってあまりに高すぎるので、これまで登るつもりはありませんでした。

しかし調べてみると、お手頃な高さのところに、山城跡寺院跡があるようです。
米原市のホームページに、トレッキングマップが配布されていたので、それを片手に歩いてきました。

近江国上平寺 京極氏遺跡イラストマップ
近江国上平寺 京極氏遺跡イラストマップ

伊吹山頂上が見える小山からは、弥高寺跡(やたかでら あと)方面へ下り、大堀切を渡って大土塁に登ったあとは、しばらく道を下って、広い本坊跡を見て歩きました。

スポンサーリンク

弥高寺本坊跡の土塁から

さて弥高寺本坊跡は標高も 715メートルと高く、周りに景色を遮(さえぎ)る高い木がありません。
折角なので、谷側の土塁の上に登って、ふもとの景色を眺めてみました。

あいにくの曇り空で、手前の百坊跡はよく見えますが、遠くの山やまは霞(かす)んでよく見えません。
ただそれでも雄大な景色だったので、しばらく見とれてしまいました。

弥高寺の百坊跡へ
弥高寺の百坊跡へ

ということで、弥高寺本坊跡からふもとの方へ下りていきます。
本坊虎口跡からのぞく景色は、何だかちょっと風変わりなものに見えました。

弥高寺の百坊跡

弥高寺僧坊跡
弥高寺僧坊跡

弥高寺百坊とは、弥高寺には僧坊が 100 もあったという意味です。
ただそれは誇張された表現のようで、実際に僧坊跡を数えてみると、60余りしかないようです。

僧坊とは、僧とその家族が生活する場所のこと。

発掘調査によると僧坊跡には、山岳寺院として珍しいことに、囲炉裏跡が発見されたのだとか。
香炉などの仏具仏像の冠、中国から輸入された青磁のお碗なども見つかったそうです。

さて弥高寺の参道跡を下っていくと、左側のとある僧坊跡の入り口の草が刈られていました。
ちょっと気になったので、坂道を上ってみることに。

すると見渡す限りの素晴らしい景色が広がっていました。
どうやら地元の方々のオススメする景色へ、上手く導かれたようです。

弥高寺の大門跡

景色の良い僧坊跡からふたたび歩き始めると、程なく、あたりの地形がデコボコし出しました。
参道の両側に大量の石が散乱している場所もあります。

弥高寺大門跡付近平面図
弥高寺大門跡付近平面図

かつてこのあたりには、弥高寺の大門があったようです。
しかし京極氏や浅井氏によって城に改造されたので、土塁によって参道が大きく曲げられてしまいました。

ちなみに大門跡の谷側には、長い空堀とそれに沿った土塁も造られています。
とりあえず土塁の上を歩いてみましたが、終わりが見えなかったので、すぐに引き返してしまいました。

弥高寺の登り口

弥高寺の大門跡から雑木林の中を下りていくと、登り口のある広場に着きます。
一応、弥高寺跡の解説板がありますが、日に晒(さら)されて文字がかなり薄くなっていました。

弥高尾根道の案内板
弥高尾根道の案内板

このまま山を下っていくと、ふもとの弥高集落に着くようです。
ただ弥高集落から歩道のない県道を歩いて上平寺集落まで戻るのは、危険な上に面白みがありません。

ということで、この広場の奥から続く道を歩いて、上平寺城跡へ戻ることにしました。

次は、上平寺城跡近道と薬師谷を歩きます。

コメント

タイトルとURLをコピーしました