1600年の関ヶ原の戦いにおいて、小早川秀秋(こばやかわ ひであき)が陣地を置いたのは、岐阜県不破郡関ヶ原町(ふわぐん せきがはらちょう)にある松尾山(まつおやま)です。
先日テレビの地上波で、映画「関ヶ原」が放送されていました。
その中で、小早川秀秋の軍が松尾山に登っていたので、数十年ぶりに登ってきました。

まずは戦国ロードを通って、松尾山登山口の駐車場に自動車を停め、山之神神社を訪れたりしながら、山頂付近まで登ってきました。
松尾山城の別名は長亭軒の城
松尾山頂上手前の立て札によると、そもそも松尾山には室町時代に守護代の富島氏によって長亭軒の城が築かれていたようです。
その後、松尾山城(長亭軒の城)は、織田信長の手に落ちて紆余曲折(うよきょくせつ)を経たのち、関ヶ原の戦いのときにはすでに廃城になっていました。

むかし城が築かれていたということは、地理的に重要な場所だったということになります。
地形的にも曲輪などの跡があったので、再利用し易かったのでしょう。

関ヶ原の戦いにあたって、西軍の石田三成が、総大将の毛利輝元を招き入れようと計画し、松尾山城跡の改修工事をしていました。
ところが結果的には、後で西軍を裏切ることになる小早川秀秋が陣を置くことになりました。
松尾山頂上の主郭跡には
さて松尾山の頂上まで登ってくると、城跡らしく平らな場所が広がっています。
また真ん中には、小早川秀秋の陣所があったことを表す石碑が立てられていました。
ここは松尾山城の主郭(本丸)だったところです。

現在は東海自然歩道になっているので、気軽に休憩したり食事を摂ったりできるように、あずま屋やテーブル付きのベンチも設置してありました。
山が低くて登山道が比較的ゆるやかなので、絶好のハイキングコースのようです。
関ヶ原古戦場を眺める
せっかくなので、主郭の北側の黄色いのぼり旗が立てられた見晴らし台まで行ってみました。
見晴らし台からは、はるか遠くに関ケ原古戦場を眺められます。
石田三成が陣を置いた笹尾山は正面の飛び出た木に隠れて見えませんが、徳川家康が最初に陣を置いた桃配山は辛うじて見えるようです。

ただ東海地方は梅雨に入ってしまったので、空は曇りって靄(もや)がかっています。
関ヶ原の戦いの当日も霧雨がけぶっていたようなので、こんな感じだったのかも知れません。
平井方面の登山道

つぎは主郭の南側にある曲輪とその中を通る登山道を見に来ました。
ボクが小学生のころに登ってきた道なので、下に見えるまっすぐな道に見覚えがあります。
現在は主郭から曲輪の中を突き抜けて、ふもとまで登山道が続いていますが、むかしはこの曲輪を迂回するように道がついていたようです。

ちなみにふもとの平井集落まで下りていくと、親鸞聖人の八房の梅で有名な浄土真宗の古刹である聖蓮寺(しょうれんじ)があります。
つぎは松尾山城跡を歩きます。
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