【岐阜】不破郡関ヶ原町の松尾山を越えて その6 (鶯の滝と常盤御前の墓と今須峠篇)

森の中を歩く二人 名所史跡めぐり
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岐阜県不破郡関ヶ原町(ふわぐん せきがはらちょう)には、松尾山(まつおやま)があります。
以前、松尾山の北東側ふもとにある松尾登山口から山頂まで登ってきました。

ということで、久しぶりに今須登山口からも松尾山に登ってきました。
松尾山の北側にはいくつもの史跡が点在しているので、訪ね歩きながら出発地点まで帰ります。

松尾山周辺地図
松尾山周辺地図

旧中山道を歩いて山中地区へ入ったあとは、松尾山眺望地大谷吉継陣跡大谷吉継墓を訪れて、ふたたび旧中山道まで戻ってきました。

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和歌にも詠まれた、鶯の滝

さてふたたび旧中山道を西へ向かって歩いていると、水の流れ落ちる音が聞こえてきました。
音のする方を見ると、高低差は低いながらも水量の豊富な滝が見えます。

この滝は「鶯の滝(うぐいす の たき)」と呼ばれており、かつて中山道の名所になっていました。
ウグイスの鳴き声と吹き抜ける涼風が、行き交う旅人たちの心と体を癒やしてくれたそうです。

梅にうぐいす

ちなみにこのあたりは「鶯の原」や「鶯がはな」と呼ばれたようで、滝名はそこに由来しているようです。
地名も滝名も、古文書に登場する和歌に詠み込まれています。

新撰美濃志のコマ番号:28/446
国立国会図書館デジタルコレクションより

路地裏の、常盤御前の墓

さらに旧中山道を歩いていると、二股に常盤御前の墓(ときわごぜん の はか)への案内板がありました。
案内板に導かれるまま、新幹線のガード下をくぐって路地へ入り、公園の階段を上がります。

常盤御前の墓

公園の中を奥まで進むと、いくつもの五輪塔と歌碑が並べられた一郭がありました。
説明文によると、常盤御前の遺体を葬って塚を築いたそうなので、石垣で囲まれた土盛り全体が墓のようです。

常盤御前の墓といわれる場所は、日本各地にあります。

牛若丸(源義経)

常盤御前とは、源義朝(みなもと の よしとも)の愛妾で、源義経(みなもと の よしつね)の母です。
伝承では、東国の平泉へ下った義経を追いかける途中この地で賊に襲われて亡くなった、とされています。

今須峠を越えて一里塚へ

常盤御前の墓から旧中山道を300メートルほど進んだ道端には、常磐地蔵の祠(ほこら)がありました。
彼女の無念さを伝えるために、当時の人びとが安置したそうです。

かつて難所と呼ばれた今須峠を越える山道も、舗装道路が整備されてたいへん歩きやすくなっていました。
旅人の疲れを癒やす「峠の茶屋」があったそうですが、今は草むらになっています。

ということで、旧中山道今須宿の東端に再現された一里塚まで戻ってきました。
かつて今須一里塚があった場所は、鉄道が通って旧中山道跡がごっそりと削り取られ、跡形もありません。

現在、断崖の上にある御嶽神社ですが、鉄道が通る前は旧中山道がすぐ前を通っていたようです。

あとがき

これまで松尾山には何度か登っているのですが、初めて山を越えてみました。
松尾山城跡もあまり歩けていなかったので、城郭の遺構群を一通り見て歩いています。

下山してから思いついたのですが、折角なので帰りながら気になっていた地元の史跡も歩いてみました。
いつでも行けると思うと、なかなか行けないのが人の性(さが)ではないでしょうか。

これでようやく気が済みました。

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