【滋賀】野洲の穴場スポットをガイドのおじさんと回った話 その5 (義経元服の地篇)

名所史跡めぐり
この記事は約3分で読めます。

以前、滋賀県野洲(やす)市をドライブしていたとき、偶然立ち寄った錦織寺(きんしょくじ)で、親切なボランティアガイドのおじさんと知り合いました。

静寂に包まれた大笹原神社の参拝を終え、再びおじさんと出発です。

源義経が元服したのは、小さな池のほとり

大笹原神社の駐車場を出発し、もと来た道を戻りました。
橋を渡ると今度はすぐに右折し、交差点「浄勝寺前」を東へ右折して、国道8号線に出ました。

道の駅「かがみの里 竜王」
道の駅「かがみの里 竜王」

しばらく進んで、右側の道の駅「竜王かがみの里」の駐車場に車を停めました。

源義経 元服の地
源義経 元服の地

義経元服の地(よしつね げんぷくのち)は、道の駅から国道8号線をはさんで北側にあります。

歩道橋を渡って、すこし西に行ったところにある、小さな池のほとりです。

源義経はなぜ、こんなところで元服を?

源義経 元服之池の石碑
「九郎判官 源義経 元服之池」の石碑

池のほとりの石碑には、「九郎判官 源義経 元服之池(くろうほうがん みなもとのよしつね げんぷくのいけ)」と書かれています。

元服の儀式

元服とは、貴族や武士の男子が成人になったことを示すための儀式です。

武士の男子は、成人の髪型に結いなおし烏帽子(えぼし)をかぶり、さらに元服名を新たに付けます。

追っ手から逃れるために、源義経が変装した場所

義経元服の地(よしつね げんぷくのち)は、滋賀県蒲生郡竜王町(がもうぐん りゅうおうちょう)にあります。

牛若丸(源義経)

このとき源義経(みなもとのよしつね)は、東北地方にあった陸奥国(むつのくに)の藤原秀衡(ふじわらのひでひら)に会いにいく途中でした。

竜王町にあった宿場町である鏡の宿(かがみのしゅく)に立ち寄ったときに、追っ手が迫っていることを聞き、子供の姿から大人の姿へと変装するために、元服の儀式をしました。

源頼朝

源義経とは、鎌倉幕府(かまくらばくふ)を開いた源頼朝(みなもとのよりとも)の弟で、
子供のころの名前は、牛若丸といいました。

桜生って、なんと読むのですか?

歩道橋を道の駅「竜王かがみの里」へと戻り、ふたたび出発です。

国道8号線を西へと戻り、野洲市辻町(やすし つじまち)の立体交差点で下りました。
県道324号線を北に右折し、すぐに交差点を西に左折しました。

桜生史跡公園の看板
国史跡 大岩山古墳群 桜生史跡公園の看板

東海道新幹線の高架との距離が近くなったところにあるのが、桜生史跡公園です。
桜生は「さくらばさま」と読みます。

桜の木

桜生史跡公園(さくらばさま しせきこうえん)は、滋賀県野洲市小篠原(やすし こしのはら)にある史跡公園です。

3つの古墳のうち2つの古墳では、横穴式石室の内部を見学できるそうです。

古墳群についての楽しい団らんのひと時♪

この日は、いろいろと初めてのところへ行ったので、もうヘトヘトでした。

駐車場のすぐ横にある桜生史跡公園案内所に入って、展示室を見て回り、いろいろと説明してもらいましたが、もう上の空です。

お喋りする男性たち

ということで、ちょっと休憩です。
ボクとボランティアガイドのおじさんと案内所のおばさんで、野洲市の古墳群について談笑しました。

ボランティアガイドのおじさんって?

市役所

ガイドのおじさんは、野洲市役所の元職員だったそうです。

もしかしたら古墳群関連のPR担当だったのかも知れません。
野洲市の古墳群について説明するときは、たいそう自慢げでした。

次回も、野洲市内の名所旧跡を巡った話です。いよいよ最後です。

コメント

タイトルとURLをコピーしました