【滋賀】野洲市三上の三上山へ裏登山口から その4 (姥の懐に寄って下山篇)

名所史跡めぐり
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滋賀県野洲市三上(やすし みかみ)には、「近江富士」ともよばれる三上山があります。
ふもとにある御上神社の神体山であり、山頂にはその奥宮が祀(まつ)られています。

ということで三上山に登ってきました。
登りは険しい表登山道を、下りは比較的楽な裏登山道を通っています。

三上山周辺地図
三上山周辺地図

三上山中腹の展望岩から、山頂展望台まで登ったあとは、御上神社奥宮にお参りして、山頂に着きました。

一般向けの裏登山道へ

さて三上山頂上からの下りは、一般向けの裏登山道を通ることにしました。
御上神社奥宮の祠(ほこら)の横まで戻ったら、なだらかな尾根筋に入っていきます。

すると途中で、姥の懐(うばのふところ)についての説明板を見付けました。
ただ説明板は朽ちており、何が書かれているのかまったく読めません。

程なくなだらかな道の途中から、急勾配の斜面を下っていく急坂が始まりました。
姥の懐が気になるので、急坂を下っていくことに。

姥の懐、俵藤太のむかで退治伝説

しばらく階段を下っていくと、姥の懐へと続く脇道の入り口に着きました。
根っこを乗り越えて脇道を奥へ進むと、あっけなく到着します。

姥の懐の中をのぞき込むと、奥行きはそれほど無くて、人が数人入れるほどの広さしかありませんでした。
まわりを岩で囲まれた場所なので、「岩(いは)の懐」が転訛したのでしょうね。

ムカデ

俵藤太のむかで退治伝説では、かつて三上山に山を七巻半するほど巨大な大ムカデが棲んでいたそうです。
山の八分の洞穴に頭を入れていたとの言い伝えから、ムカデ穴ともよばれています。

近江国輿地志略. 下(巻49至100) のコマ番号:63/241
国立国会図書館デジタルコレクションより

なだらかな道と急坂の合流地点

さて姥の懐からは、急坂をさらに下っていきました。
地面から露出する岩と根っこで判りにくいですが、程なく先ほど分かれたなだらかな道と合流します。

合流地点には、先ほど見てきた姥の懐についての案内板が設置されていました。
案内板によると、どうやら裏登山道はなだらかな道の方だったようで、急坂の方ではなかったようです。

ということで、ここからは裏登山道を下っていきました。
至るところに岩場がありますが、表登山道に比べると勾配が緩やかなので、楽に歩いていけます。

打越で道に迷って

しばらく裏登山道を下っていると、中段の道の案内板がありました。
はじめ裏登山道だと勘違いして歩き出したのですが、道が嫌に細かったので引き返してくることに。

そこから目と鼻の先の、六角形のある場所が「打越」とよばれる分岐点でした。
ここで右へ曲がって下っていくと、裏登山口まで下りられるようです。

ちなみに打越から奥へ進むと、三上山女山だったようです。
残念ながら知らなかったので、行きそびれてしまいました。

あとがき

三上山に通された山道は、何本もあってけっこう複雑です。
山頂まで続く表登山道裏登山道花緑公園登山道のほかに、山腹を一周する中段の道まであります。

多分むかしの三上山上部は、富士山と同様に女人禁制だったのでしょう。
修験者が山を駆け巡って修行しており、山頂の奥宮まで行けるのは男だけだったと思われます。

中段の道は、三上山を信奉する女性たちによって作られたのではないでしょうか。

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