【岐阜】関ヶ原町の桃配山から南宮山へ その2 (49鉄塔から送電鉄塔を通って篇)

名所史跡めぐり
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岐阜県不破郡垂井町(ふわぐん たるいちょう)には、南宮山(なんぐうさん)があります。
以前ふもとの美濃国一の宮南宮大社から、南宮山ハイキングコースを登ってきました。

ということで、ふたたび南宮山に登ってきました。
今回は、徳川家康最初陣地のあった桃配山(ももくばりやま)から尾根をたどっていきます。

桃配山・南宮山周辺地図
桃配山・南宮山周辺地図

徳川家康最初陣地のある桃配山から、尾根筋を登って、間違えて49鉄塔まで来ました。

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なぜか山中に畝堀跡が

さて 49鉄塔からは道を引き返して、そのまま東の方へ尾根筋を登っていきました。
不破郡関ヶ原町と大垣市上石津町牧田との境界なので、関ヶ原村と牧田村の境界標が設置されています。

境界標を通り過ぎると、けっこう広めの平坦地にたどり着きました。
関ヶ原の戦いにおける徳川家康最初陣地の搦手にあたるので、軍隊が駐留していたと思われます。

さらに林道を右手に見ながら進んだところには、畝堀跡(うねぼり あと)がありました。
この先の南宮山には、西軍の総大将名代である毛利秀元がいたので、守りを固めていたのでしょう。

畝堀とは、空堀の中に土橋を畝状に配置したもの。

三角点を越えて斜面を登り

畝堀跡の土橋を渡って落葉樹の森を登っていくと、ブナの木の裏手に三角点がありました。
すぐそばに木があるので、測量しにくそうです。

ここを桃配山だと思っている人がいるようです。桃配山は旧中山道脇にある小山です。
現在は国道21号線が切通されて、南北に分断されてしまいました。

三角点を越えて平場まで下りてくると、またもや関ヶ原村と牧田村の境界標を見つけました。
ところがあたりを見回しても、この先の進路を示す赤テープが見当たりません。

とりあえず右側の広い斜面を登ってみると、高台の上で赤テープが風に揺れていました。
ここは斜面が広いため、各々好きなところを登ってしまい、踏み跡が判りにくくなっています。

送電鉄塔の下をくぐって森へ

さて尾根筋を歩いていると、左手が明るくなっており、木立の向こうに送電鉄塔が建てられていました。
明るい方へ出てみると見晴らしが大変良くて、金生山(赤坂山)のあたりが見えます。

送電鉄塔の下をくぐって
送電鉄塔の下をくぐって

しばらく景色を眺めたあと、振り返ると送電鉄塔の下を踏み跡が続いていました。
他に道らしきものがないので、とりあえず進んでみることに。

すると目印の赤テープがあるだけの、森の中へ続いている判りにくい踏み跡を見つけました。
うっかり見落とすと、つぎの送電鉄塔まで歩いてしまいそうです。

林道に惑わされながら

赤テープを頼りに森の中を南宮山へ向かって歩いていると、林道が押し迫ってきました。
林道はどこへ行くのか判らないので、山道を頑張って歩いていきます。

林道から離れて山の中を歩いていると、山を回り込んだところで、ふたたび林道が現れました。
林道のせいで山道が削られているので一旦、林道を通って山道に戻ります。

山道の途中でフジの花を見つけたあとも、みたび林道に出くわしました。
今後林道が延長されれば、尾根筋がさらに歩きにくくなるかも知れません。

さらに南宮山へ歩いていきます。

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