【岐阜】関ヶ原町の桃配山から南宮山へ その4 (ハイキングコースを下って篇)

森の中を歩く二人 名所史跡めぐり
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岐阜県不破郡垂井町(ふわぐん たるいちょう)には、南宮山(なんぐうさん)があります。
以前ふもとの美濃国一の宮南宮大社から、南宮山ハイキングコースを登ってきました。

ということで、ふたたび南宮山に登ってきました。
今回は、徳川家康最初陣地のあった桃配山(ももくばりやま)から尾根をたどっていきます。

桃配山・南宮山周辺地図
桃配山・南宮山周辺地図

林道から離れて、尾根筋をひたすらに歩き、南宮山頂上を越えたあとは、かつて関ヶ原の戦い毛利秀元の陣が置かれた展望台まで来ました。

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毛利秀元陣所の遺構群

さて南宮山展望台からは南宮大社の方へ、ハイキングコースを下っていきました。
下り口の木には、南宮山の10合目(=1升ビン)を表す看板がくくりつけられています。

南宮大社へ向かって下り始めると、至るところに土塁土橋竪堀などの遺構群が築かれていました。
毛利秀元の陣があったことを、改めて感じさせられます。

しばらく下っていくと、南宮山の 9合目を表す看板がありました。
ふと道端を見ると、南宮大社境内との境界を示す境石も置かれています。

子安神社と高山神社

ハイキングコースの途中には、子安神社高山神社が祀(まつ)られていました。
それぞれに祠(ほこら)が建てられており、氏子の人たちが大切に守っているようです。

ちなみに子安神社のご祭神は、保食神(うけもちのかみ)です。
そもそもは穀物の女神ですが、ここの神様は安産と子育てにもご利益があるそうです。

また高山神社のご祭神は、木花咲耶姫命(このはなさくやひめのみこと)です。
美濃国の水源を司る女神として祀られています。

和歌にも詠まれた、中山一ツ松

神社の祠からすこし下ったところの左手奥には、しめ縄が施された石碑が建てられていました。
古びた感じのしない石碑には「中山一ツ松」と刻まれています。

南宮山はむかし、「不破山」「美濃のを山」「美濃の中山」などとよばれていました。

かつてこの場所には「人来の松」とよばれる天人降臨のご神木があったそうです。
現在その松は枯れてしまい、代わりの石が置かれているだけです。

伊勢

三十六歌仙にも選ばれた、平安の女性歌人である伊勢も、この一ツ松を和歌に詠み込みました。
ちなみに彼女の和歌は、小倉百人一首にも選ばれています。

思ひいづや 美濃のを山の ひとつ松 契りしことは いつも忘れず

新古今和歌集 1408番

難波潟 短かき蘆の 節の間も 逢はでこの世を 過ぐしてよとや

百人一首 19番

石だらけの下り西廻りルート

五合目分岐点(奥)下り西廻り(右)登り東廻り

さて五合目分岐点からは、道が「登り東廻りコース」と「下り西廻りコース」に分かれていました。
前回は反対向きに歩いてしまったので、今回は下り西廻りルートを通ることにします。

下り西廻りルートは、大量の石が転がる急坂道なので、気をつけて下っていきました。
途中の薬師堂跡には、よく知らない眠神が祀られています。

ということで何とか無事、遭難することなく、ふもとまで下りてきました。
折角なので、南宮大社へお参りしていきます。

つぎは南宮大社から帰っていきます。

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