【岐阜】不破郡垂井町の明神湖までハイキング その1 (駐車場から弥八地蔵まで篇)

名所史跡めぐり
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岐阜県不破郡垂井町(ふわぐん たるいちょう)には、明神湖(みょうじんこ)があります。
自然にできた湖ではなく、不破北部防災ダムによってできたダム湖です。

ダムカードがもらえる訳ではないので、今まで行ったことがありませんでした。
ただ県道53号線を走っていると、いつも道路案内標識が目に入ります。

ということで、竹中氏陣屋跡の近くにある駐車場から明神湖まで歩いてきました。
明神湖までは自動車でも行けますが、歩いていくと道すがらいろいろな発見があります。

菩提山周辺地図
菩提山周辺地図

竹中氏陣屋跡近くの観光駐車場へ

まずは、垂井町岩手に整備された観光駐車場へ向かいました。
県道53号線の交差点「長畑」から北の方へ入って、すこしせまい集落の中を進みます。

交差点「長畑」の近くには、目立つ案内板が立てられています。

観光駐車場
観光駐車場

すると道路の東側に、思いのほか広い観光駐車場がありました。
垂井町岩手は、黒田官兵衛とともに軍師として有名な竹中半兵衛(たけなか はんべえ)のふる里です。

すぐ近くには嫡男の竹中重門が構えた竹中氏陣屋跡あり、櫓門(やぐらもん)が遺(のこ)されています。
また菩提山頂上には、竹中半兵衛の居城であった菩提山城跡があります。

菩提山にはハイキングコースが整備されています。

半兵衛水車小屋

ということで明神湖を目指して、駐車場横の道を北へ向かって歩いていきました。
線路をくぐってさらに北へ進むと、竹中半兵衛菩提所である禅幢寺(ぜんどうじ)があります。

太郎前橋(たろぜんはし)を渡ったところには、半兵衛水車小屋がありました。
すぐ横を流れる岩手川より高い場所にあるので、水車を回すには水を汲み上げる必要がありそうです。

岩手地域では古くから川の水を、生活や農業の用水としてだけでなく、動力源としても利用してきました。
杵(きね)や挽臼(ひきうす)を動かしたり、木を製材したりしたそうです。

現在は電気が普及したので、水車は一般的に使われていません。

村社岩崎神社

川沿いの道をさらに上流へ遡(さかの)っていくと、岩崎神社がありました。
古くから格式のある神社だったそうで、大むかしは「岩前明神(いわさき みょうじん)」といったのだとか。

ちなみに神社の本殿奥には、「神楽岩(かぐらいわ)」とよばれる岩が安置されているそうです。
神社の名前や地名「岩手」は、その岩に由来すると考えられています。

ご神体の神楽岩
ご神体の神楽岩

岩前神社から出て明神湖の方へ歩き始めると、道路に面したところに神楽岩が鎮座していました。
新しい道路がすぐそばを通ったので、公(おおやけ)の前に出てしまったようです。

弥八地蔵と弥八の泉

さて岩前神社から程なくのところには、弥八地蔵がありました。
地元の偉人二代目高橋弥八郎さんの功績を後世に伝えるため、近親者が建てたものです。

彼は幕末の彦根藩井伊家や大垣藩戸田家に仕えた下級武士で、数学において優れた才能を発揮しました。
明治維新を経て晩年は、岩手村の若者たちに高等数学を教えたりしたそうです。

石段を上って奥へ進むと「弥八の泉」と名付けられた池がありました。
雨の降った次の日で池の水は濁っていますが、きれいなニシキゴイが泳いでいます。

さらに明神湖へ歩いていきます。

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