【京都】嵯峨野の気になったお寺を歩いて巡ってきた話 その3 (祇王寺篇)

神社仏閣めぐり
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京都にある祇王寺(ぎおうじ)を見るため、京都市の西部にある嵯峨野(さがの)に行ってきました。

モリアオガエルで有名な、檀林寺(だんりんじ)を思いがけず参拝できました。
つぎは、祇王寺(ぎおうじ)です。

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いよいよ祇王寺へ

今回の真の目的は、祇王寺を訪れることでしたので、期待で胸が高鳴ります。
さて、祇王寺の入り口まで来ましたが、ちょっと違和感があります。

祇王寺の入り口
祇王寺の入り口

祇王寺の本来の山門は、すぐそこの木戸から入った、木立の間に見えている藁葺(わらぶ)き屋根の建物だと思われますが、直接は行けないようです。

祇王寺への参道
祇王寺への参道(本来は滝口寺の参道)

一旦左に曲がって、参道を登っていき、受付から入ることになります。

むかし大河ドラマ「平清盛」が放送されたころ、大勢の観光客が訪れたはずなので、それを捌(さば)くために、このようなルートになったのでしょうか?

祇王寺の受付
祇王寺の受付

さて、参道を登っていくと、右側に祇王寺の受付が現れます。

ただ、門の上の看板(扁額、へんがく)が、いかにも間に合わせな感じで、頂けません。
せっかくの趣のあるお寺なのですから、もうすこし格好いい看板をお願いしたいです。

なお、そのまま参道を進むと滝口寺へと行けますので、そもそもは滝口寺の参道のようです。

祇王寺の受付から山門まで

祇王寺の苔の庭
祇王寺の苔の庭(南側から)

祇王寺の境内に入ると、上から下まで、一面が緑色です。
地面や庭石は、苔で余すことなくびっしりと覆われているので、その境い目が分からないほどです。

祇王寺の庵
祇王寺の庵

左前方を見ると庵(いおり)がありますが、明治中期に寄付された、個人の別荘を移築したものだそうです。

そもそも祇王寺は、明治初期に一旦、廃(すた)れていますので、仏像や墓石以外、あまり古いものはなさそうです。

祇王寺の山門
祇王寺の山門(境内側から)

さて、順路に沿って歩いていくと、一旦山門からお寺の外へ出ることになります。

祇王寺の入り口付近にいたとき、木立の間に見えていた藁葺(わらぶ)き屋根の建物が、この山門です。

祇王寺の山門から庵まで

祇王寺の苔の庭
祇王寺の苔の庭(東側から)

順路は、祇王寺の山門から一旦外へ出ますが、すぐにお寺の境内の方へと戻ります。
今度は東側から苔の庭と木立の奥の庵を眺めます。

祇王寺の苔の庭
祇王寺の苔の庭(北側から)

このお寺は、苔の庭がすばらしいので、最近の苔人気と相まって、観光客が多いのでしょうか?

白拍子

てっきり、平家物語にも語られる、白拍子の姉妹、祇王、祇女の悲しい恋物語を知って、物語の舞台の地を訪れているのだと思っていました。

庵でお参り

藁葺き屋根の家

苔の庭の周りをゆっくり歩いてくると、ようやく庵(いおり)に着きました。
上がり框(かまち)で、静かにくつを脱いで上がれば、庵の中を拝観できます。

なお、内部は撮影禁止です。

尼さん

上がってすぐ左側の仏壇には、祇王、祇女、母の刀自(とじ)そして仏御前の木像が据えられています。

ちなみに「刀自」とは、中年以上の女性の尊称で、名前ではありません。

お参りする女性

ボクが庵に上がったとき、丁度その仏壇に向かってお参りする、若い女性がいました。
苔の撮影だけではなくて、祇王、祇女にお参りする方もいるのですね。

お墓で往時を偲ぶ

祇王祇女仏刀自之旧跡
祇王祇女仏刀自之旧跡

帰りがけには、祇王、祇女、母の刀自そして仏御前のお墓の前を通ります。

都にいるときは、平清盛に翻弄された 4人の女性でしたが、仏門に入ってからは仲良く過ごされたようで、最後は同じ墓に入られています。

田んぼ

なお平清盛は、祇王の故郷のために灌漑用水(かんがいようすい)を作りましたので、その点では良いことをしたと思います。

つぎは、嵯峨釈迦堂(さがしゃかどう)に行きます。

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