愛知県犬山市(いぬやまし)には「博物館明治村」という場所があります。
ただその敷地があまりにも広大なので、丁寧に見て回ると、とても一日では回れません。
ということで今回は「乗り物一日券」も買って、博物館明治村の中を巡ってきました。
まずは蒸気機関車(SL)に乗って、博物館明治村の中を「SL東京駅」から「SL名古屋駅」まで移動しました。

とりあえず旧京都市電を素通り
さて博物館明治村の「SL名古屋駅」の改札を出ると、遠方に巨大な入鹿池が見えました。
腰掛けて景色が見られるように、駅前広場にはベンチがいくつも設置してあります。
のんびりするのも良いのですが、そうしていると数々の歴史的建築物を見学できません。
ということで、次の目的地に向かうため坂道を下っていきました。
坂道の下に着くと、旧京都市電乗り場「市電名古屋駅」を見付けました。
乗ってみたいのはやまやまですが、乗り物に乗ってばかりでも面白みがありません。
もうしばらくは歩いて回ることにし、またの機会に乗ることとしました。
森の中に佇む大きな木造建築物
前回、博物館明治村に訪れたときには「食道楽のカフェ」まで来て休憩し、そこから北入り口の方へ引き返しました。
今回の見学はそのカフェのあたりから始めます。
いざ到着して横を見ると、奥に長くて両側に木々が生い茂る敷地があり、そこに長くて大きな木造の建物が建っていました。
一見、森の中に建つ山小屋といった雰囲気ですが、正面に回ると間口?が長いので驚きます。
閑散とした第四高等学校武術道場
その建物は「無声堂」といい、石川県金沢市にあった第四高等学校の武術道場です。
柔道、剣道そして弓道の道場が連なっているため、とても長い構造になっています。
建物の中を覗いて見ると、そこは 1つの大きな部屋になっており、柱が 1本もありません。
畳敷きと板張りのところがあり、それぞれ柔道場と剣道場として使われていたようです。
- 柔道
- 剣道
- 弓道
さらに建物の一番奥は、弓道場になっています。
そこから離れたところに的場があり、両側は安全のため生け垣が作ってありました。
ただあたりに人の気配は無く、往時の様子をうかがい知るすべはありません。
旧京都市電ふたたび
さて緩やかに曲がるなだらかな坂道を上っていくと、いつの間にか旧京都市電乗り場「市電京都七条駅」の前に到着しました。
実際「市電名古屋駅」から「市電京都七条駅」までは、直線距離だととても近いのです。
まっすぐに路線を敷くと乗車時間が短すぎるので、蛇のようにくねらせてあります。
なおここで道路が、2丁目と 3丁目の 2方向に分かれています。
前回の訪問も含めて、「SL東京駅」がある 5丁目から順に見てきているので、つぎは 3丁目がある左へ進みました。
ドイツバロック風の北里研究所
3丁目に入って最初に建っていたのが、北里研究所本館・医学館です。
北里研究所といえば、ペスト菌を発見したことで有名な北里柴三郎さんが思い出されます。
北里柴三郎さんは東京医学校を卒業したあと、ドイツの研究所に留学しています。
帰国して紆余曲折を経たのちに建てたのが、ドイツバロック風を取り入れた北里研究所です。
この研究所は研究が盛んで、改良を重ねられた顕微鏡がつぎつぎと導入されました。
建物の中に入ってみると、細菌の研究に使っていた何台もの顕微鏡が展示されています。
北里柴三郎さんが居なければ、今日の日本の医学はもっと遅れていたかも知れません。
ではさらに 3丁目を回ります。

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