滋賀県近江八幡市北津田町(おうみはちまんし きたつだちょう)には、大嶋神社と奥津嶋神社があります。
その歴史は古く、平安中期に編纂された延喜式にも列記されているそうです。
また天智天皇がかつて立ち寄られたときには、この地の老夫婦が果実を差し上げたこともあるのだとか。
それ以来ずっと、毎年秋にこの地で作ったその果実を皇室へ献上しているようです。
ということで、大嶋・奥津嶋神社を訪れて、さらに白山神社まで登ってきました。
白山神社は、津田山中腹の見上げるほど巨大な岩屋の中に安置されている、小さな祠(ほこら)です。

大嶋・奥津嶋神社の駐車場へ
まずは大島・奥津嶋神社の駐車場へ向かいました。
県道25号線の交差点「渡合橋北詰」で北へ入って、道なりに西へ進みます。
民家の途切れたところでふたたび北(右)へ入ったら、丁字路でもう一度北(右)へ曲がりました。
しばらく細い道を進むと、道路の東側に大島・奥津嶋神社の鳥居が現れます。
大島・奥津嶋神社 裏鳥居 大島・奥津嶋神社 参拝者駐車場
道路の西側を見ると、大島・奥津嶋神社の参拝者駐車場がありました。
そこそこ奥行きがあって広いので、民家の跡地を再利用したものかも知れません。
大嶋・奥津嶋神社へお参り
裏参道手水舎とため池 大島・奥津嶋神社 社殿
さて参拝者駐車場からは、鳥居をくぐって大島・奥津嶋神社へお参りに行きました。
手水舎の前を通って社殿まで進み、さい銭箱の前で貼り紙に記された作法にしたがって参拝します。
そのまま奥へ進むと、木に「薁(むべ)」と書かれた札がぶら下げられていました。
かつて天智天皇に差し上げた珍しい果物の木を、境内でも育てているようです。
表参道手水舎 大島・奥津嶋神社 表鳥居
人感センサー付きの手水舎の前を通って、もう一つの鳥居をくぐると、神社の外へ出ました。
鳥居を見上げると扁額が掛かっていたので、こちらが表参道のようです。
果実「むべ」献上の由来
ちなみに大嶋・奥津嶋神社の社殿の前で配布されていた印刷物には、次のようなことが書かれていました。
天智天皇は遷都した近江大津宮で即位したあと、滋賀県蒲生郡の野原でよく薬猟をしていたそうです。
大嶋の里に立ち寄ったとき、8人の男子をもうけたという元気そうな老夫婦に出会います。
天智天皇 老夫婦
元気の秘訣を尋ねたところ老夫婦は、無病長寿の効果がある果物を毎年秋に食べているからだ、と答えました。
天智天皇は差し出された果物を食べて「むべなるかな(なるほどなぁ)」と言われたそうです。
この故事から、その果物のことを「むべ(郁子)」とよぶようになったとのこと。
さらに天武天皇は、毎年「むべ」を届けるよう命じられました。
それ以来大嶋の里では、毎年秋に「むべ」を皇室へ献上しているそうです。
大嶋・奥津嶋神社では「むべ」を、草かんむりに「奥」の旧字体で「薁」と書いています。
近くの専称寺にも
専称寺石標 専称寺本堂
折角なので、近くの専称寺にも行ってみました。
石段を登っていくと、庭がきれいに整えられた専称寺境内に着きます。
専称寺扁額 墓地の奥に石段
本堂でお参りして見上げると、金ピカで立派な扁額が掲げられていました。
本堂向かって右側の墓地の方へ回ると、奥に石段が見えたので行ってみることに。
専称寺裏山のほこら 専称寺裏山からの眺め
裏山の石段を登っていくと、小さいながらも立派な屋根を載せた祠(ほこら)がありました。
裏山からは、周辺ののどかな田園風景が見渡せます。
つぎは白山神社まで登っていきます。
コメント