【鉄道】東海道本線が途中から、美濃路と中山道を経由していることについて

独り言
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ボクは、岐阜県の関ヶ原町に住んでいるのですが、自宅の前には旧中山道が通っています。
ところが、家の後ろにはJR東海道本線が通っています。

子どもの頃は、家の前に旧中山道が通っていることを知りませんでした。
だから何とも思わなかったのですが、そのことを知ってから考えてみると不思議な話です。

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最初は中山道本線のはずが

煙を出す蒸気機関車

明治になって明治新政府は、東京と大阪を結ぶ鉄道を作る計画を立ち上げました。
当時は、次の 2つの案があったそうです。

  • 東海道に沿って作る案(以降、東海道案)
  • 中山道に沿って作る案(以降、中山道案)

最初は中山道案にしたがって、中山道沿いの処どころで鉄道が作られ始めました。

そのうちの一つである、大垣から関ヶ原経由で現国道365号線を通って長浜につながる路線は、建設資材などの輸送を目的として、早くから開業していたそうです。

中山道ではなくて、部分的に北国街道脇往還に沿わせた形になっています。
東海道本線はその後、段階を踏んで中山道沿いに移行しています。
近江長岡駅が北にふくらんだ場所にあるのは、深谷駅から米原駅につなげた名残です。

トンネル

しかし、いざ工事を始めてみると、中山道案は山間部が多いので、難工事が予想されました

東海道本線の路線変更

そこで、工期が半減されるとして急遽、東海道案に変更されたのです。

しかし東海道案で、愛知県の熱田から三重県の桑名へ、木曽三川(揖斐川、長良川、木曽川)などの河川の上に鉄道を通すのは、河川の数が多いし川幅も広いしで、これまた難工事です。

見積書

ということで難工事を回避して建設費を削減するため、熱田からは美濃路を通すことにして、すでに開通していた大垣駅-長浜駅間とつなげることにしました。

東海道本線が、熱田駅から草津駅まで美濃路と中山道を通っているのは、そのためです。

今須宿に駅はありません

さてボクは岐阜県関ヶ原町今須(せきがはらちょう います)に住んでいます。
旧中山道の宿場町「今須宿」でした。

駅舎

旧国鉄の東海道本線の駅は、ほぼ宿場町ごとに作られたようで、近くの宿場町には JR の駅があります。
ところが残念ながら、今須宿に駅はありません。

昔の今須の住民が、田んぼに悪影響が出るとか、若者が村の外に出てしまうとかいう理由で、今須駅の建設を反対したそうです。

テレビで秘境駅を見て

最近楽しみにしているテレビ番組に、テレビ東京系列の番組「所さんの学校では教えてくれないそこんトコロ!」があります。

森の中

お笑い芸人の安田大サーカスの団長が、毎回秘境駅まで行って生活利用者を探ます。
なかなか生活利用者に会えないので、テントを張って泊りがけで探すのです。

ダムの放水

その駅が作られた当初はまだ秘境駅ではなく、多くの生活利用者が居たようです。
ダムが出来たり自家用車に乗る人が増えたりしたため、生活利用者が激減したようなのです。

そんな秘境駅なのに、鉄道会社は駅を廃止しないのは不思議ですね。

今から今須駅は、無理ですか?

さて、昔の今須の住民が反対したせいで、今須駅はありません。

懐中時計

今須駅がないので、他の区間に比べて、関ヶ原駅と柏原駅(柏原市)の区間は、時間も距離もたいへん長くなっています。

無人駅でもいいので、今から今須駅を作るのは無理でしょうかね?
現在の今須の住民はもとより、岐阜県や関ヶ原町などの行政も、歓迎すると思います。

バックパッカー

最近増えたハイカーが途中、やむを得ない理由によって、帰りたくなったときにも利用できます。
また、コミュニティーバスに加えて、鉄道も町内の移動手段の選択肢になります。

あとがき

明治の新政府が苦労して通した鉄道は、現在では、日本全国いたる所に張り巡らされ、人々の生活に無くてはならないものになっています。

ボクは普段、ほとんど自動車にしか乗りません。
しかしいざ遠方に行くとなると、景色も楽しめるし楽なので、やっぱり電車に乗ります。

 

自動車の運転は気を使うので、遠方まで行って帰ってくるのは、かなり疲れるのです。
個人的には、地元今須に駅ができることを期待しています。

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