【三重】桑名市の六華苑(旧諸戸清六邸)を訪ねて その3 (番蔵群と離れ屋篇)

名所史跡めぐり
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以前、油島(あぶらじま)の木曽三川公園センターに行ったとき、もらった「桑名七里の渡し公園」のパンフレットを見て、久しぶりに桑名市まで来ました。

周辺の名所や史跡、施設をいろいろ見てきましたが、最後は旧諸戸清六邸であった六華苑を巡ります。

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六華苑の案内図

六華苑の案内図

六華苑の内玄関棟のロビーから、和館に行って一番奥の一番蔵一の間、庭園を見たあとは、洋館に行って 1階と 2階の各部屋を見て回りました。

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内玄関棟から独立した、二番蔵へ

番蔵棟・旧高須御殿・離れ屋へ

番蔵棟・旧高須御殿・離れ屋へ

次は和館から内庭を挟んで反対側にある、番蔵棟離れ屋などの建物群を見に行きます。
一旦、内玄関棟のロビーまで戻って、お茶席の右奥にある扉に向かいました。

二番蔵

二番蔵

内玄関棟から外に出ると、すぐに黒っぽい二番蔵という土蔵がありました。
和館の奥にある一番蔵のように、もともとは二番蔵も内玄関棟とつながっていたそうです。

二番蔵には食器類や家具・道具類がしまってありました。

4つの番蔵が連なっている番蔵棟

番蔵棟

番蔵棟

すこし長い渡り廊下を歩いていくと、番蔵棟という奥行きのある土蔵の入り口に着きました。
内部は 4つに仕切られていて、四番蔵~七番蔵とよばれていたようです。

現在は 4つの番蔵の間にある壁に四角い穴が開けられ、連続した部屋として利用されてます。

番蔵棟の廊下

番蔵棟の廊下

廊下を歩いてみると、それぞれの番蔵に別々の出入り口があるので、以前は番蔵同士が独立していたことが判ります。

それぞれの番蔵には、日常使用する衣類やいろいろな道具がしまってありました。

高須藩の御殿を移築した?旧高須御殿

番蔵棟の廊下を奥へ歩いていくと、旧高須御殿という古民家がありました。
その中に入ってみましたが、大して広くない部屋が 2つあるだけです。

茶室

ただ奥の部屋の広さは四畳半で、炉畳(ろだたみ)もあります。
にじり口こそありませんが、どうやら茶室としても使われていたようです。

炉畳とは、茶室などに炉を設置するため、炉の部分が切り取られた畳のこと。
旧高須御殿の外観

旧高須御殿の外観

さて旧高須御殿は、かつて岐阜県海津市海津町(かいづし かいづちょう)にあった高須藩の御殿の一部を移築したものだ、と伝わっています。

それを確証付けるかのように、床の間には高須館平面図高須松平家に関する資料が額に入れられ飾ってありました。

むかしは檜皮葺だった、離れ屋

番蔵棟の廊下の丁字路から渡り廊下を歩いていくと、離れ屋に着きました。
2つある部屋の奥には上段の間があって、その三方に回り縁(えん)が設けられています。

仏壇

上段の間には、仏壇が収まっていたそうです。
通常は仏壇を部屋の大きさに合わせるので、かなり大きな仏壇だったと想像できます。

ちなみに奥の部屋の隅にも炉畳がありました。
離れ屋は部屋が広いので、大人数での茶会のときには便利そうです。

離れ屋の外観

離れ屋の外観

さて現在の離れ屋の屋根は、修復されて銅板葺(どうはんぶき)になっています。
しかし建てられた当初は、檜皮葺(ひわだぶき)だったそうです。

檜皮葺は、材料の調達と職人の手配が難しいので、諦めたのかも知れません。

 

次は内庭と主庭園を巡ります。

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