【岐阜】恵那市明智町の白鷹城跡(明知城跡)をめぐる その2 (大手道堀切から本丸へ篇)

城郭めぐり
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岐阜県恵那市明智町(えなし あけちちょう)には、白鷹城跡(しらたかじょう あと)があります。
別名を明知城跡(あけちじょう あと)とも呼ばれています。

ということで裏門から白鷹城跡に登って、めぼしい場所をひと通り巡ってきました。
特に城のまわりに築かれた畝状竪堀群は、目を見張る巨大さでたいへん驚かされます。

白鷹城縄張り図
白鷹城縄張り図

白鷹城跡の搦め手駐車場から、竪堀を登って、畝状竪堀群を見ながら、横堀を歩いたあとは、一旦稲荷神社登城口まで下りました。

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大手道を歩いて堀切の底

さて稲荷神社登城口から坂道を登って、ふたたび畝状竪堀群の端の分岐点まで来ました。
ここからは白鷹城本丸跡を目指して、さらに大手道を歩いていきます。

するとすぐに堀切とよばれる人工的な地形に着きました。
一般的に堀切は、尾根筋を攻め込んでくる敵兵を足止めするものですが、ここでは通路になっています。

あずま屋の裏手へ回り込むと、右側の高台の上に造られた曲輪の上まで登ってこられました。
かつて堀切には門があったらしく、門で足止めされた敵兵を、左右両側の高台から挟み撃ちにしたようです。

ちなみに三の丸の方へ丸太階段を登っていくと、堀切を挟んで反対側の高台にある虎口曲輪へ行けました。
ただ現在は笹が生い茂っているので、堀切はまったく見えなくなっています。

武者走りを通って腰曲輪へ

ふたたび堀切まで下りてきたら、今度は武者走りを歩いてみました。
道はすぐに左へ折れており見通しが利かないので、誰かが隠れていても判らないようになっています。

武者走りを歩き始めると、はじめは下り坂ですが、途中からは上り坂になっていました。
ただ中ほどは土砂崩れのため道がないので、注意して歩く必要があります。

武者走りを何とか通り抜けると、腰曲輪に出ました。
二の丸がすぐ近くにありますが、その前に通り過ぎてしまった三の丸を見に行きます。

三の丸のその奥へ

さて腰曲輪の中を引き返していくと、三の丸に着きました。
本来は堀切から急な桝形虎口を登っていくと、たどり着ける場所です。

三の丸からは奥の方へ道が続いていたので、ちょっと行ってみました。
かつては二の丸まで時計回りに歩いても行けたそうですが、土砂崩れのため行き止まりになっています。

三の丸から本丸へは進入禁止
三の丸から本丸へは進入禁止

ちなみに三の丸から直接本丸へ登るのは、本来の道ではないため禁止されていました。
竹製の柵が設置されていますが、不届き者があとを絶たないようです。

二の丸から白鷹城跡本丸へ

三の丸から来た道を戻って丸太階段を登ると、広い二の丸に着きました。
すこしだけ歩いてみましたが、特にめぼしいものは見当たらないので、そのまま本丸の方へ。

虎口の丸太階段を登っていくと、すぐに白鷹城跡本丸に着きました。
かつて江戸時代には「北本城(きたほんじょう)」と呼ばれていたようです。

本丸の南側に位置していた出丸は「南本城(みなみほんじょう)」と呼ばれていました。

本丸からは、周囲にそびえる山やまを眺められました。
砦跡がいくつも点在しているようですが、眺望案内図がないのでよく判りませんね。

さらに白鷹城跡を歩いていきます。

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