【滋賀】賤ヶ岳山頂から大平良山を経由して堂木山砦跡へ その7 (堂木山砦からふもとへ篇)

城郭めぐり
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滋賀県長浜市木之本町(ながはまし きのもとちょう)には、賤ヶ岳(しずがたけ)があります。
かつて賤ヶ岳一帯では、賤ヶ岳の戦いがありました。

賤ヶ岳の戦いとは、織田信長(おだ のぶなが)亡きあとの後継者をめぐる争いから発展した戦い。
羽柴秀吉(はしば ひでよし)と柴田勝家(しばた かついえ)が戦った。

賤ヶ岳の北側にある余呉湖あたりにはよく来るのですが、余呉湖の西側の尾根筋をまだ歩いていません。
ということで、賤ヶ岳から大平良山(おおひらやま)を経由して堂木山(どうぎやま)まで歩いてきました。

賤ヶ岳周辺案内図
賤ヶ岳周辺案内図

神明山砦から尾根筋を歩いて、送電鉄塔の立つ草むらを通り抜けたあとは、切通を横断して、堂木山砦まで登り、出丸から枡形曲輪を経由して主郭まで歩きました。

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堂木山砦主郭の奥には、喰違虎口

堂木山砦平面図
堂木山砦平面図

堂木山砦主郭は広々とした曲輪で、まわりを土塁で囲むことにより堅牢な造りになっています。
案内板によると、この奥にも曲輪があるようなので、見に行くことにしました。

主郭から奥の曲輪へ進むには、クランク状に入り組んだ土塁の間を通ることになります。
このような出入り口を喰違虎口(くいちがい こぐち)というのだとか。

足軽

まっすぐに進めないので、なだれ込んできた敵兵の勢いを削ぐ効果があります。
また先行きを見通せないので、土塁の陰に潜んでいて、攻め込んできた敵兵を迎え撃てます。

砦の東端に巨大な横堀

喰違虎口を通り抜けると、東端の曲輪が現れました。
主郭に比べると狭いですが、それでも結構な広さがあるので、屋敷が建てられそうです。

堂木山砦東端の横堀
堂木山砦東端の横堀

曲輪の中を奥まで行って、東端の土塁の上に登ると、外側に横一文字に掘られた横堀がありました。
はっきりと遺(のこ)っているので、かつては巨大な空堀であったことが推測されます。

キョロキョロと探す男性

さて堂木山には登山道が 2つあるようなので、ここから先へも歩いてみました。
しかし、もう一つの登山道がどこにあるのか判らず、仕方なく来た道を引き返すことに。

帰りに枡形曲輪から南側の斜面を見下ろすと、つづら折りの道を見つけました。
枡形曲輪の解説板が南を向いていたのは、そのためなのかも知れません。

切通から草むら道をふもとへ

ということで切通まで戻って、峠越えの道を南の方へ下りていきました。
道が雑草ですっかり覆われていましたが、大した段差がないので、それほど歩きにくさは感じません。

切通になった峠はあまり高くなかったようで、程なくふもとが見えてきました。
賤ヶ岳から伸びる尾根筋も終盤なので、標高が低くなっていたようです。

ふもとには獣害防止柵が設置されていたので、出入り口の扉を探して東の方へ。
扉から出てあたりを見回すと、竹やぶの中に「堂木山・神明山砦跡登り口」と書かれた案内板がありました。

田園地帯を歩いて、JR余呉駅へ

登り口からは田園地帯の中をまっすぐに歩いて、JR余呉駅を目指しました。
とはいっても駅の入口は南側にしか無いので、線路の手前では回り道することになります。

なお JR余呉駅には、切符の自動販売機はありません。
駅の窓口で駅員さんから買った切符は、硬券ではなくて、レシートみたいなペラペラの紙でした。

交通系ICカードには対応しています。

ちなみに JR余呉駅からは電車に乗って JR木ノ本駅で降りました。
西口バス停で「新道野」行の湖国バスに乗って、バス停「大音」で降りれば、駐車場までは 10分足らずです。

あとがき

賤ヶ岳山頂から余呉湖西側を堂木山まで続く尾根筋は、下っていくだけかと思っていたら大間違いでした。
結構な登り下りがあるので、それなりに大変です。

また余呉湖東側の遊歩道のような道は整備されておらず、案内板も多くありません。
ボクは賤ヶ岳リフトでもらったパンフレットの地図をたよりに歩いたのですが、何度か道に迷いかけました。

遭難した男性

有名な山歩き用のアプリを利用すると安心かも知れません。

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