【滋賀】犬上郡甲良町の勝楽寺から裏山の城跡へ その3 (主郭石垣と畝状竪堀群篇)

城郭めぐり
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国道307号線で、滋賀県犬上郡甲良町(いぬがみぐん こうらちょう)のあたりを走っていたら、勝楽寺(しょうらくじ)の案内板に「佐々木道誉(ささきどうよ)ゆかりの寺」の文字を見付けました。

Google Map(グーグル・マップ)でお寺のあたりを見たら、裏山には勝楽寺城跡もあるようです。
ということで勝楽寺を訪れて、ついでに裏山の正楽寺山(しょうらくじやま)にも登ってきました。

正楽寺山ハイキングコース案内
正楽寺山ハイキングコース案内

勝楽寺の駐車場から正楽寺山に登り始め、石仏群の横を通って、砂防ダムとその近くの仕置き場を見たあとは、道誉の法要が行われた経塚と、狂言「釣狐」の元になった狐塚を訪ねました。

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険しい山道を登って

さて狐塚を出発してしばらく歩いていると、次第に山道が急になってきました。
道すがら赤い文字の「足元注意」が貼られ、しかも道の脇にはトラロープが張られています。

そのうち道は、急斜面を斜めに登っていく細い道に変わりました。
処どころ段差が大きくなっているので、歩きにくさがさらに増します。

尾根筋の分岐点(左)勝楽寺城跡(右)上ろう落とし
尾根筋の分岐点(左)勝楽寺城跡(右)上ろう落とし

最後に根っこだらけの道を登ってくると、ようやく正楽寺山の尾根筋にたどり着きました。
見どころが左右両側にあるようなので、まずは勝楽寺城跡を見に行くことにします。

勝楽寺城跡

勝楽寺城跡に向かって歩きだすと、すぐに曲輪跡らしき広場に出ました。
もう着いたのかと思いましたが、あたりを探しても案内板らしきものは見当たりません。

仕方なく尾根筋をさらに歩いて、登ったり下りたりしていると、目的の勝楽寺城跡に着きました。
主郭のようですが、あたりを見回しても特に目立った遺構はないようです。

正楽寺山の標高札
正楽寺山の標高札

ちなみに勝楽寺城跡の解説板の近くで、正楽寺山のの標高が書かれた札を見付けました。
木の陰に隠れていたので、最初のうちはまったく気付きませんでした。

下の方だけになった、石垣

さて勝楽寺城跡の解説板によると、石垣が遺(のこ)っているとのこと。
主郭の南東側に行って、段差をすこし下りてみると、石垣が遺っていました。

残念ながら石垣の大部分は崩れてしまい、遺っているのは下の方だけです。
斜面の下をのぞき込むと、いくつか石が転がっていました。

今度は来た道をすこし戻り、草むらの中を歩いて主郭の南側に回ると、同様に石垣がありました。
石垣が奥の方まで続いていますが、やっぱり下の方だけになっています。

何本もの竪堀が連続する、畝状竪堀群

勝楽寺城跡の解説板によると、畝状竪堀群(うねじょう たてぼりぐん)も遺っているとのこと。
尾根筋から勝楽寺側をのぞくと、斜面が大きく波打って、畑の畝のようになっています。

竪堀とは、山の斜面の縦方向に設けられた空堀のこと。
連続して何本も設けると、畝状竪堀群になる。

当時はもっと竪堀が深かったはずなので、敵兵が斜面を横移動できなかったことでしょう。
かなりの年月が経って、竪堀はほぼ埋まってしまいました。

今のような状態なら、敵兵は斜面を横移動し放題で、勝楽寺城を攻め放題です。

さらに勝楽寺城跡を散策します。

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