【滋賀】野洲市小篠原の田中山(甲山)へ銅鐸博物館から その1 (弥生の森歴史公園篇)

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滋賀県野洲市小篠原(やすし こしのはら)には、田中山があって別名を甲山いいます。
近江富士ともよばれる三上山から北尾根でつながっており、三上三山の中で一番北に位置しています。

田中山には、明治時代の米相場の旗振り場だった場所があって、旗振山とよばれているのだとか。
大阪米相場の情報を、手旗信号で旗振山岩戸山を経由して、彦根の佐和山まで送っていたそうです。

ということで、田中山に登ってきました。
登山の前には弥生の森歴史公園を散策して、帰りに福林寺跡磨崖仏も見に行っています。

田中山周辺地図
田中山周辺地図

野洲市歴史民俗博物館の駐車場へ

まずは、野洲市歴史民俗博物館の駐車場へ向かいました。
国道8号線で野洲市を走っていると、希望が丘への道路案内標識があるので、立体交差で南へ曲がります。

銅鐸博物館の看板
銅鐸博物館の看板

するとすぐ右側に、野洲市歴史民俗博物館の看板がありました。
大岩山から出土した大量の銅鐸(どうたく)が展示されているので「銅鐸博物館」と愛称でよばれています。

駐車場に自動車を停めて銅鐸博物館の方へ歩いていくと、施設の案内図が設置されていました。
銅鐸博物館のとなりには弥生の森歴史公園が広がっており、弥生時代の風景を再現しているようです。

スイレン池を一周して

スイレン池

とりあえず銅鐸博物館の前を通り抜けて、弥生の森歴史公園の方へ行くと、スイレン池がありました。
スイレンの花は初夏から秋にかけて咲くので、浮かんでいるのは葉っぱだけです。

ただ池の周りの木々は、処どころ赤や黄色に色づき始めていました。
しばらくすると、黄葉が見ごろを迎えそうです。

スイレン池ほとりの遊歩道
スイレン池ほとりの遊歩道

ということで、スイレン池のほとりの遊歩道を歩いていきました。
むかし歩いたときは草ぼうぼうでクモの巣に困らされたのですが、整備し直されたようです。

弥生の森歴史公園の奥は、ハチ出没のため立入禁止になっていました。

再現された弥生時代の村落

さてスイレン池を一周してくると、むかし歴史の授業で習った高床倉庫が現れました。
弥生時代の村の様子が再現されているそうで、竪穴式住居もいくつか建てられています。

高床倉庫の正面に回ると、入り口に丸太を削って作った階段が取り付けられていました。
扉が開放されているので、建物の中に入って内部を観察できます。

竪穴式住居の中にも入れるようになっていました。
真ん中には食べ物の煮炊きをしたり暖を取ったりするための炉があって、鉄製の農具がそばに置かれています。

ニュースになった、古代ハス「大賀ハス」

大賀ハス
大賀ハス

竪穴式住居の間を通り抜けてくると、小さな池があって、大賀ハスが栽培されていました。
大賀ハスとは、20世紀中ごろに千葉県の検見川遺跡から出土した太古のハスの種、を育てたものです。

発見されたハスの種は 3粒しかなくて、そのうちの 1粒だけが奇跡的に芽を出したのだとか。
発見した大賀一郎博士に因んで「大賀ハス」と名付けられています。

蓮の花

なお大賀ハスは、管理している鳥取県林業試験場から株分けしてもらったようです。

つぎは田中山へ向かいます。

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