【滋賀】野洲市小篠原の田中山(甲山)へ銅鐸博物館から その4 (旗振山を越えて篇)

名所史跡めぐり
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滋賀県野洲市小篠原(やすし こしのはら)には、田中山があって別名を甲山いいます。
近江富士ともよばれる三上山から北尾根でつながっており、三上三山の中で一番北に位置しています。

ということで、田中山に登ってきました。
登山の前には弥生の森歴史公園を散策して、帰りに福林寺跡磨崖仏も見に行っています。

田中山周辺地図
田中山周辺地図

北尾根縦走路を通って、田中山頂上にたどり着きました。

米相場を手旗信号で伝えた、旗振山

さて田中山展望台から来た道を分岐点まで戻ったら、つぎは旗振山への道を歩き始めました。
向かいの旗振山を見ると、大岩の上に白い旗が掲げられているように見えます。

ただ旗振山へと続く下り坂は、急勾配の上に大きな段差もあって、バランスを維持するのが大変でした。
一旦、鞍部まで下ってしまうと、あとの上り坂はもう楽なのですけどね。

ということで、大岩群のある旗振山頂上にたどり着きました。
ただ旗振山のどこにも白い旗は見当たらず、大岩の上に腰掛けている人がそう見えただけのようです。

聞くところによると、以前は旗振山頂上に、旗が立てられていたそうです。

旗振山は、電話やインターネットの無い明治時代に、米相場の情報を手旗信号で伝達するための場所でした。
大阪から、野洲の旗振山、近江八幡の岩戸山などを経て、彦根の佐和山まで伝えたのだとか。

鉄塔をたどって

旗振山からは、福林寺跡磨崖仏を見るために西側へ下っていきました。
ときどき斜面から丸くて大きな岩が露出しているので、慎重に歩いていきます。

程なくして、景観に配慮したのか茶色く塗られた送電鉄塔が現れました。
根元を通る土留めで補強された登山道は、砂地のため滑りやすくて、危うく尻もちをつきそうになることも。

しばらくして現れた、赤い塗装の剥げかけた送電鉄塔は、周囲に立入禁止の柵が巡らされていました。
尾根筋を進めないので、荒れた斜面を注意しながら迂回する羽目になります。

日本庭園のような、展望岩場

展望岩場

2本の送電鉄塔を経ると、見晴らしの素晴らしい展望岩場に着きました。
大岩や植物が意図的に配置されているようにも感じられ、どこかの日本庭園を訪れているかのようです。

展望岩場からは、やっぱり広々とした湖東平野とそこに密集する町並みが見渡せました。
琵琶湖の向こう側にそびえる比叡山が、ひときわ目立っています。

六地蔵のある墓地を通って

さて真ん中に溝のある、歩きにくい砂地の登山道を下っていくと、ふもとの墓地に着きました。
墓地と山の境目には、粗削りの六地蔵が安置されています。

登山口の地面には、案内板がいくつか置かれていました。
案内板を作った団体によって、山の呼び名が異なっているようです。

一瞬、出口が判らなかったのですが、墓地の角を曲がると白い欄干の橋がありました。
イノシシ避けの獣害防止柵を通り抜けたら、もちろんしっかりと扉を締めておきます。

つぎは福林寺跡磨崖仏を見に行きます。

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