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【滋賀】長浜市の有漏神社と磯野山城跡を巡って その1 (西野水道から阿曽津千軒へ篇)

名所史跡めぐり
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滋賀県長浜市木之本町(ながはまし きのもとちょう)には、有漏神社(うろ じんじゃ)があります。
以前、賤ヶ岳(しずがたけ)から山本山まで尾根伝いに歩いたとき、その存在を知りました。

その尾根伝いの道の途中に、有漏神社への案内板が立てられていたのです。
ただ「有漏神社 1.2キロ」と書かれていたので、流石(さすが)に寄り道しませんでした。

久しぶりにそのことを思い出したので、あらためて有漏神社にお参りしてきました。
帰り道は、尾根筋から磯野山城跡方面へ歩いています。

西野山・赤尾山・磯野山周辺地図
西野山・赤尾山・磯野山周辺地図

西野水道の駐車場へ

まずは、西野水道の駐車場へ向かいました。
さざなみ街道(県道44号線)の交差点「菅草橋」で北へ曲がって、橋を渡ります。

すると西野水道の案内板があったので、余呉川の堤防道路を西の方へ進みました。
しばらくすると、右側に広い駐車場が現れます。

西野水道の駐車場からは、トンネルの方へは進まずに、建物横の砂利道を山の方へ登っていきました。
程なく、むかしの人が苦労して手掘りした、初代の西野水道の前にたどり着きます。

西野水道は江戸時代、余呉川の氾濫で西野地区が浸水したとき、すぐに水を抜くための排水路でした。
現在は三代目となり、余呉川の水を琵琶湖へ放水することで、氾濫しにくくしています。

木戸の道を登って

西野水道からは、田植え真っ盛りの田園風景を見ながら、山すその舗装道路を歩いていきました。
しばらくすると、琵琶湖ほとりの木戸港跡へと続く木戸の道の登り口に着きます。

木戸の道を登っていく途中には、「いっぷく場」と呼ばれる石垣が遺(のこ)されていました。
むかしはこの場所で、荷物を背負って運ぶ人が、荷物を石垣に預けて一服(いっぷく)したそうです。

ということで、峠の切通し(きりどおし)まで登ってきました。
このまま下っていけば、琵琶湖ほとりの木戸港跡まで行けるようです。

古保利古墳群の脇を歩いて

木戸の道の峠の切通しからは、賤ヶ岳方面へ歩いていきました。
いきなり現れた盛土は、尾根筋の至るところに点在する古保利古墳群のひとつのようです。

ということで、古保利古墳群らしき小山を見上げながら、遊歩道を歩いていきました。
途中の展望所からは、琵琶湖に突き出す葛籠尾崎(つづらおさき)を眺められます。

程なく、尾根筋を横切る林道に差し掛かりました。
ここからは有漏神社へお参りするため、林道を阿曽津千軒集落跡方面へ下っていきます。

阿曽津千軒集落跡にて

さて緩やかで長い林道をしばらく歩いて終点にたどり着くと、阿曽津千軒集落跡が広がっていました。
土石流がたびたび発生するようで、あたり一帯には無数の石が散乱しています。

踏み跡をたどって琵琶湖のほとりに出ると、波のほとんどない湖面の奥に小さく竹生島が見えました。
振り返ると、有漏神社の方角を指し示す案内板が立てられています。

案内板にしたがって、琵琶湖のほとりを歩いていくと、山側に荒れ果てた石垣が遺(のこ)されていました。
かつて水運業で大変栄えたという阿曽津千軒集落は、今はもうありません。

つぎは有漏神社へ行きます。

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