【福井】南条郡南越前町の鍋倉山へ湯尾峠から その2 (湯尾峠から八十八ヶ所弘法寺へ篇)

神社仏閣めぐり
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福井県南条郡南越前町(なんじょうぐん みなみえちぜんちょう)には、鍋倉山(なべくらやま)があります。
以前、燧ヶ城跡(ひうちがじょうあと)から藤倉山へ登ったついでに、登ってきました。

ということで、ふたたび鍋倉山に登ってきました。
今回は湯尾峠(ゆのお とうげ)から八十八ヶ所弘法寺を経て、山頂を越えています。

藤倉山・鍋倉山周辺地図
藤倉山・鍋倉山周辺地図

JR今庄駅から、旧北陸道を通って、湯尾城跡のある湯尾峠まで来ました。

疱瘡の神をまつる、孫嫡子神社

さて湯尾城跡からふたたび湯尾峠まで戻ってきたら、今度は八十八ヶ所弘法寺を目指すことに。
まだ湯尾城跡の縄張り内のようで、斜面が曲輪跡のためデコボコしています。

八十八ヶ所弘法寺のある八ヶ所山は四国八十八ヶ所、三ヶ所山は西国三十三ヶ所に由来します。

孫嫡子神社
孫嫡子神社

曲輪跡には、疱瘡(いも)の神を祀(まつ)る孫嫡子神社(まごちゃくし じんじゃ)がありました。
江戸時代、湯尾峠には 4軒の峠茶屋があって、疱瘡除けのお札を売っていたそうです。

お札

疱瘡(ほうそう)とは、天然痘のこと。江戸時代には「いも」とも呼ばれた。

孫嫡子の伝説

峠茶屋を営む老夫婦が、子のないことを宿泊した役小角に嘆いたところ、如意輪観音の護符を授かりました。
やがて身寄りのない美しい娘が、峠茶屋に住み込みで働くようになります。

その娘が、峠茶屋に大雪のため長期滞在していた青年と結ばれて、生まれた男子が孫嫡子でした。
青年は光明童子の化身だったので、孫嫡子には病気を治す神通力が宿っていたのだとか。

アンテナ分岐点を経て

孫嫡子神社からは、さらに八十八ヶ所弘法寺へと続く登山道を登っていきました。
沿道の至るところに、四国八十八ヶ所になぞらえた祠(ほこら)があって、観音像が安置されています。

しばらく登っていくと、アンテナのたくさん設置された場所にたどり着きました。
ここで八十八ヶ所登り口からの登山道と合流するようです。

岩屋不動尊
岩屋不動尊

すぐ近くには、岩屋不動明王が祀(まつ)られていました。
岩で形作られた頑丈そうな祠の中に、2体の不動明王像が安置されています。

八ヶ所山展望台から今庄宿

さてアンテナ分岐点からは、鍋倉山方面へ登っていきました。
程なく「展望台」と書かれた立て札のある、八ヶ所山展望台にたどり着きます。

八ヶ所山展望台からの眺め
八ヶ所山展望台からの眺め

八ヶ所山展望台からは、JR北陸本線今庄駅旧北陸道今庄宿の町並みが一望できました。
そもそも、そのためだけに作られた展望台なのかも知れません。

誰もいない、八十八ヶ所弘法寺

八ヶ所山展望所からは、朱塗りの極楽橋を渡ったあと、八十八段の石段を登っていきました。
極楽橋はすっかり古びており、石段は枯れ葉に埋もれています。

ということで、程なく八十八ヶ所弘法寺にたどり着きました。
境内に人の気配はありませんが、定期的に掃除や草刈りがなされているようで、荒れた様子はありません。

折角なので、八十八ヶ所弘法寺の本堂にお参りしておきました。
境内からは、これから登る鍋倉山が見えています。

つぎは、鍋倉山を登っていきます。

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